第29話「プレーオフ」
夢に一番近づいた日に、人はもう一度、自分の弱さと向き合います。
プレーオフ。
一部と、
二部を分ける、
最後の二試合。
相手は、
一部リーグ十六位。
ずっと、
一部で戦ってきたクラブだった。
スタジアムへ入る。
大きい。
二部とは、
空気が違う。
観客席は、
試合前なのに、
もう埋まっていた。
旗が揺れる。
歌が響く。
地面まで、
震えている。
ぼくは、
ゆっくり息を吸った。
芝の匂い。
少し湿った土の匂い。
スパイクで、
地面を踏む。
柔らかい。
でも、
逃げる場所はない。
* * *
笛が鳴る。
試合開始。
最初の十分で、
分かった。
強い。
相手のセンターバックは、
ぼくを見ていなかった。
ぼくだけじゃない。
ボール。
味方。
空いた場所。
全部を、
一度に見ていた。
ぼくが、
右へ動く。
相手も、
半歩だけ動く。
まだ、
パスは出ていない。
ぼくは、
さらに中へ入る。
それでも、
相手は、
もうそこにいた。
読まれている。
三年間、
積み重ねてきた、
ぼくの半歩が。
通じない。
* * *
ルカなら、
力で押した。
マルティンなら、
速さで抜いた。
でも、
ぼくには、
どちらもない。
だから、
動き続ける。
相手の背中へ。
死角へ。
何度も、
入り直す。
右足で止まる。
左足で切る。
もう一度、
走る。
でも。
ボールが来ない。
相手は、
ぼくより、
先に動いていた。
前半二十八分。
相手のカウンター。
右サイドを破られる。
低いクロス。
合わせられる。
失点。
〇―一。
スタジアムが、
大きく揺れた。
ぼくは、
拳を握った。
まだだ。
まだ、
終わっていない。
* * *
後半。
監督が叫ぶ。
「前へ!」
ぼくらは、
攻める。
クロス。
こぼれ球。
ミドルシュート。
全部、
止められた。
ぼくも、
何度も走る。
ニアへ。
ファーへ。
センターバックの背中へ。
でも。
最後の一歩で、
触れない。
あと少し。
その、
あと少しが、
遠かった。
笛が鳴る。
試合終了。
〇―一。
負けた。
* * *
ロッカールームは、
静かだった。
誰も、
話さない。
汗の匂いだけが、
部屋に残る。
ぼくは、
スパイクを脱いだ。
土が、
ぽろりと落ちる。
その音だけが、
聞こえた。
合計、
〇―一。
ホームでは、
二点が必要。
簡単じゃない。
ぼくは、
ロッカーに座ったまま、
目を閉じた。
そのとき。
頭の中に、
マルティンが浮かんだ。
あいつが、
いたら。
あの一歩目が、
あったら。
一点、
取れたかもしれない。
そう思った。
でも。
すぐに、
首を振る。
違う。
もう、
いない。
ルカも。
マルティンも。
ここにいるのは、
ぼくだ。
速くない、
ぼく。
それでも、
逃げなかった、
ぼく。
だったら。
ぼくが、
やるしかない。
* * *
ホテルへ戻る。
夜だった。
窓の外には、
知らない街の灯り。
机に、
ノートを広げる。
今日の試合を、
思い出す。
センターバック。
右足から、
踏み込む癖。
クロス対応は、
ニアを優先する。
七十分を過ぎると、
足が止まり始める。
左へ向いたあと、
右へ戻るのが、
少し遅い。
全部、
書く。
一ページ。
二ページ。
三ページ。
鉛筆が、
短くなっていく。
書けば、
少しだけ、
落ち着いた。
怖い。
正直、
怖い。
昇格できなかったら。
また、
二部だ。
全部、
やり直しだ。
でも。
三年前も、
怖かった。
ドイツへ来た日も。
初めて試合へ出た日も。
ロッカーで、
笑われた日も。
全部、
怖かった。
それでも。
逃げなかった。
だったら、
今回も同じだ。
ノートの最後に、
一行だけ書く。
まだ、終わっていない。
鉛筆を置く。
窓の外を見る。
夜空は、
雲に隠れていた。
星は見えない。
でも。
雲の向こうに、
空があることは、
知っている。
ホームがある。
九十分、
残っている。
ぼくは、
ノートを閉じた。
今度は、
ぼくが、
半歩、
先に立つ。
一度負けても、次の九十分が残っている。それもサッカーの面白さです。
キチャ━━━━(゜∀゜)━━━━!![笑]




