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世界一のストライカー【見て書いてきた少女】  作者: KASANE
7/24最終回です

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第27話「半歩」

才能は目を奪います。でも、勝負を決めるのは最後の一歩かもしれません。

大きな試合だった。


昇格争い。


スタジアムは、


試合前から揺れていた。


勝てば、


プレーオフが近づく。


負ければ、


一気に苦しくなる。


そんな試合。


スタメンは、


マルティン。


ぼくは、


ベンチだった。


悔しい。


でも、


もう下ばかり向かなかった。


ぼくには、


ぼくの仕事がある。


ベンチからでも、


試合は見える。


マルティンが、


どこへ走るか。


相手が、


どう止めるか。


全部、


頭へ入れた。


    * * *


試合が始まる。


前半。


マルティンは、


止まらなかった。


右サイドで、


ボールを受ける。


右足の裏で、


軽く止める。


次の瞬間。


左足で芝を強く蹴る。


一歩目。


速い。


相手が、


体を寄せる。


その前に、


肩を入れ替える。


体を半分だけ、


相手の前へ滑り込ませる。


抜いた。


歓声が上がる。


もう一人。


かわす。


クロス。


惜しい。


スタンドが、


どよめく。


「ナイス!」


味方が叫ぶ。


マルティンは、


親指を立てた。


やっぱり、


速い。


ぼくには、


あの一歩目はない。


    * * *


でも。


後半になると、


少しずつ、


変わってきた。


相手が、


慣れた。


一歩目に、


飛びつかない。


半歩、


下がって待つ。


縦を切る。


中へ追い込む。


マルティンは、


何度も仕掛ける。


でも。


二人目に、


止められる。


速さだけでは、


抜けなくなっていた。


そして。


後半三十五分。


決定機。


右から、


低いクロス。


ディフェンダーに当たって、


ボールが、


ゴール前へ転がる。


マルティンの前だ。


あと一歩。


右足を振れば、


決まる。


でも。


その足が、


止まった。


ほんの、


一瞬。


ゴールが近すぎた。


観客の声。


相手キーパー。


全部が、


一度に見えたんだ。


右足が、


遅れた。


慌てて振り抜く。


でも。


足の甲に当たりすぎた。


ボールは、


バーの上へ飛んだ。


「ああっ!」


スタジアム中が、


頭を抱える。


マルティンも、


両手で顔を覆った。


ぼくには、


分かった。


怖くなったんだ。


大事な一歩が。


出なかった。


ぼくだって、


何度も、


そうだったから。


    * * *


後半四十分。


交代。


電光掲示板に、


二七。


ぼくの番号が、


光った。


「カイ!」


監督が、


親指を前へ向ける。


ぼくは、


うなずいた。


ピッチへ入る。


芝を、


右足で踏む。


少しだけ、


柔らかい。


呼吸を整える。


速さでは、


勝てない。


それは、


もう知っている。


だったら。


勝負する場所を、


変える。


    * * *


ロスタイム。


味方が、


左サイドを突破した。


クロスが上がる。


ぼくは、


ボールを見なかった。


キーパーを見る。


ディフェンダーを見る。


二人とも、


ニアへ走っている。


だったら。


落ちる場所は、


その後ろ。


ぼくは、


先に動いた。


速く走るんじゃない。


速く、


動き始める。


右足を、


半歩だけ前へ。


次に、


左足。


相手より、


ほんの少しだけ、


早く。


そこへ、


体を入れる。


ボールが、


落ちてきた。


右足の内側を、


少しだけ開く。


強く蹴らない。


押し込む。


当てるだけ。


コンッ。


乾いた音。


ボールは、


ゴールネットへ、


吸い込まれた。


一瞬、


世界が静かになった。


それから。


歓声が、


押し寄せる。


背中が、


揺れる。


「カイ!」


「カイ!」


今度は、


名前だった。


ぼくは、


息を吐いた。


拳は、


握らない。


叫びもしない。


ただ。


ベンチを見た。


マルティンが、


立っていた。


拍手をしていた。


笑っていた。


でも。


目だけは、


少し赤かった。


悔しいんだ。


それでも。


ぼくに、


拍手を送ってくれている。


最後まで、


いい奴だった。


    ◆◇


——慈恩


ぼくは、


十階で、


同じ試合を見ていた。


画面の中に、


二人。


海斗くん。


十九番。


十九番には、


会ったことがない。


でも。


ああいう子は、


何人も見てきた。


明るい色。


速い色。


目を引く色。


若いころは、


そういう色が、


強く見える。


でも。


勢いのある色ほど、


大事な場面で、


揺れる。


案の定。


十九番の足が、


止まった。


怖かったんでしょうねぇ。


ぼくは、


煙草をくわえた。


いっぽう。


海斗くん。


画面では、


地味だった。


速くもない。


派手でもない。


でも。


あの子の灰色は、


もう消えない。


最後まで、


静かに燃え続ける色だ。


ロスタイム。


海斗くんが、


決めた。


速さじゃない。


半歩だった。


「派手な色は、


 よく見えますけどねぇ」


煙草の煙が、


細く昇る。


「消えない色のほうが、


 たいてい強いんですよー」


語尾が、


少しだけ伸びた。


十九番は、


きっと、


売れる。


速さは、


売れるから。


でも。


海斗くんは、


もっとあとで、


売れる。


その頃には、


もう。


誰にも消せない色に、


なっている。


ぼくは、


画面を見ながら、


少しだけ笑った。


植え込みの奥で、


灰色だった子が。


今、


一番、


消えない色を、


していた。

速さで勝てないなら、半歩早く気づく。その半歩が、未来を変えることもあります。

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