第25話「しょうにんは、見のがさない」
[▓▓▓]ー̀ωー́)ジーッ
画面に映るものだけでも、人の想いは伝わることがあります。
夜中だった。
わたしは、
起きていた。
NAKANOの、
すみっこ。
お店は、
もう閉まっている。
電気も、
すこしだけ。
ひざの上には、
フルートのケース。
両手で、
ぎゅっと抱いていた。
小さな画面の中で。
かいとくんが、
走っていた。
ボールのないところを。
だれも見ていないところを。
何度も。
何度も。
走る。
そのたびに。
わたしの目も、
かいとくんを追った。
* * *
ルカっていう人が、
ボールを持つ。
九番。
点を取る人。
つよい人。
その人に、
二人もついていく。
かいとくんは、
その少し前へ、
走った。
手を上げた。
パスが来る。
すぐに、
返した。
ルカさんが、
抜けた。
シュート。
入った。
スタジアムが、
大きくゆれた。
「ルカ!」
画面の向こうで、
名前が響く。
かいとくんの名前は、
聞こえなかった。
でも。
わたしは、
見ていた。
あのパス。
あれがなかったら。
あのゴールは、
なかった。
* * *
試合は、
続いた。
かいとくんは、
走る。
守る。
また走る。
ボールを持っていない時間のほうが、
ずっと長い。
でも。
その時間を、
だれよりも、
走っていた。
わたしは、
思った。
サッカーって、
点を取る人だけじゃないんだ。
点を取らせる人も、
いるんだ。
かいとくんは。
そっちの人なんだ。
* * *
でも。
画面の中の、
かいとくんの顔が。
すこしだけ、
へんだった。
うれしい。
でも、
それだけじゃない。
何かを、
がまんしている顔。
くやしいのを、
のみこんでいる顔。
そんなふうに、
見えた。
試合の前に。
何か、
あったのかな。
そう思った。
でも。
わたしには、
分からない。
ロッカーは、
映らない。
画面の外は、
見えない。
だから。
全部は、
分からない。
* * *
それでも。
最後まで、
見ていた。
試合が終わる。
インタビューが、
始まる。
ドイツ語は、
分からない。
でも。
「カイ」
そう呼ばれたのは、
分かった。
かいとくんは、
少しだけ、
照れたように笑って。
ぺこりと、
頭を下げた。
日本にいたころと、
同じ。
なんだか、
ほっとした。
最後に。
かいとくんが、
カメラを見た。
もちろん。
わたしを見たわけじゃない。
そんなこと、
分かってる。
でも。
少しだけ。
そう思いたくなった。
* * *
前に。
わたしは、
思った。
もう、
しょうにんなんて、
いらないんじゃないかって。
テレビもある。
ニュースもある。
みんな、
見られる。
だから、
わたしじゃなくても、
いいんじゃないかって。
でも。
ちがった。
世界中の人は。
きっと、
ゴールを見ていた。
ルカさんの、
ゴールを。
でも。
わたしは、
ちがう。
その前の、
パスを見ていた。
その前の、
走りを見ていた。
もっと前の。
苦しそうな顔も。
くやしそうな顔も。
全部じゃない。
映っていないところは、
見えない。
でも。
映ったぶんだけは。
ぜったいに、
見のがさない。
それが。
しょうにんの、
しごと。
わたしは、
フルートのケースを、
ぎゅっと抱いた。
「見えたよ」
小さく、
つぶやく。
画面には、
届かない。
ドイツにも、
届かない。
それでも、
言いたかった。
「かいとくん」
「ちゃんと、
見えたよ」
窓の外は、
まだ夜だった。
遠いドイツも、
きっと、
同じ空の下にある。
わたしは、
また、
見つづける。
あの人が、
前を向いて、
走るかぎり。
しょうにんは、すべてを見ることはできません。それでも、見えたものだけは、決して忘れません。




