第18話「書きたいもの」
書けることと、本当に書きたいことは、同じとは限りません。
図書クラブが、始まった。
先生は、
やさしい人だった。
「今日はね」
「一人ずつ、お話を書いてみよう」
みんなに、
原稿用紙が、配られた。
「何でも、いいですよ」
「好きなものを、書いてください」
教室が、
しん、と、静かになる。
鉛筆の音だけが、
聞こえていた。
さらさら。
かりかり。
わたしも、
鉛筆を持った。
書くことは、
きらいじゃない。
見るのが、
好きだから。
人の顔も。
町の景色も。
空の色も。
ちゃんと見れば、
書くことができる。
だから。
あまり、困らなかった。
わたしが書いたのは、
町のお店の話。
朝も。
昼も。
夜も。
人が集まる、小さなお店。
だれかが笑って。
だれかが帰って。
また、
だれかが来る。
そんな、
やさしい話。
書き終わると、
先生が読んでくれた。
「中野さん」
「よく見ていますね」
先生は、
笑って言った。
「人の動きも、お店の様子も、ちゃんと見えてる」
うれしかった。
でも。
胸の奥で。
何かが、
小さく引っかかった。
これじゃ、ない。
そんな気がした。
* * *
ある日。
先生が、
わたしの席へ来た。
「中野さん」
「書きたいものって、ある?」
わたしは、
顔を上げた。
書きたいもの。
ある。
はっきり、ある。
ずっと前から、
決まっている。
でも。
鉛筆を持つ手に、
少しだけ、
力が入った。
言えない。
言ったら、
何かが、
変わってしまう気がした。
「……まだ、ないです」
そう、
答えた。
先生は、
「そう」
とだけ言って、
やさしく笑った。
うそだった。
たぶん。
生まれて初めて。
こんなにはっきり、
うそをついた。
* * *
本当は、
書きたいものがある。
海斗くんのこと。
ずっと、
見てきた人のこと。
怖いって、
教えてくれた人。
何度転んでも、
立ち上がる人。
ずっと、
見続けてきた。
だから、
書ける。
でも。
まだ、
書けなかった。
神棚に手を合わせて。
日記にだけ、
書いてきたこと。
それは、
作文には、
したくなかった。
しょうにんの約束は。
わたしと。
海斗くんと。
神様だけが、
知っていればいい。
ほかの人には、
話さない。
だから。
言わなかった。
だれかに、
止められたからじゃない。
わたしが、
自分で決めた。
それが、
少しだけ、
大人になった気がした。
言葉にしない想いも、大切にしまっておきたい宝物になることがあります。




