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世界一のストライカー【見て書いてきた少女】  作者: KASANE
7/24最終回です

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第15話「コンクールと、世界の壁」

菜々子と海斗が、それぞれ初めて「世界の壁」にぶつかるお話です。

小学四年生の、秋。


 わたしは、フルートのコンクールに、出た。


 地域会議。


 坂田先生のところで、毎日、練習した。


 指が、痛くなるまで。


 くちびるが、はれるまで。


 本気だった。


 ぜったい、一位をとる。


 とって、海斗おにいさんに、手紙で、書くんだ。


 「ななこ、いちばんに、なったよ」って。


 本番。


 わたしは、ステージに、立った。


 ライトが、まぶしい。


 息をすいこむ。


 いつもの、相棒。


 吹いた。


 じょうずに、吹けた。


 ミスも、しなかった。


 拍手も、もらった。


 ……いける。


 そう、思った。


 でも。


 わたしの、つぎに吹いた子。


 知らない子。


 その子の音をきいて。


 わたしは、体がかたまった。


 ちがう。


 ぜんぜん、ちがう。


 おなじ、フルートなのに。


 その子の音は、ホールの、いちばん上まで、とどいた。


 わたしの音が、とどかなかった、ところまで。


 なんで。


 わたしも、毎日、練習した。


 その子だって、練習したんだろう。


 でも、なにかが、ちがった。


 その「なにか」が。


 わたしには、ない、なにかが。


 結果は、二位だった。


 わるくない。


 地区で、二位。


 みんな、ほめてくれた。


 お母さんも、坂田先生も。


 でも。


 一位の、あの子の音が。


 耳から、はなれなかった。


 帰り道。


 わたしは、はじめて、知った。


 才能が、ある、って言われても。


 それだけじゃ、とどかない場所が、ある。


 もっと上に。


 もっとずっと上に。


 わたしより、すごい子が、いる。


 世界には、きっともっといる。


 ……こわく、なった。


 はじめて、フルートが、こわく、なった。


 わたしの、フルートが。


 海斗おにいさんに、聞かせるための、音が。


 ほんとうに、とどく音なのか。


 わからなく、なった。


    ◆◇◆◇


——海斗


ドイツに来て、三年。


 ぼくは、ずっと年上のチームに上げられていた。


 十五で来て、すぐ、二つも三つも上のチームに入れられた。


 体も、力も、ぜんぜん、ちがう相手。


 でも、ぼくは、それでも、うまいほうだった。


 いちばん下の歳で、いちばん上の歳に、混じって。


 それでも、点を取った。


 ずっと年上を抜いてきた。


 ずっといちばん若くて、いちばん、うまかった。


 それが、ぼくの、誇りだった。


 ……そう、思っていた。


 その日。


 強化試合が、あった。


 相手は、別の、ユースチーム。


 その中に、ひとり。


 とんでもないやつが、いた。


 ぼくより、年下だった。


 二つ、下。


 まだ、十六。


 U-18の試合に、ひとりだけ、年上の中に混じっていた。


 ——昔の、ぼくみたいに。


 でも。


 なにもかも、ちがった。


 その子がボールを持つと、時間が、止まる。


 止まって、見えるのは、その子だけ。


 ぼくが、何回、近づいて止めようとしても。


 いない。


 もう、そこに、いない。


 抜かれた、んじゃない。


 最初から、ぼくの手の、届かないところに、いた。


 ぼくは、ずっといちばん若い、天才だった。


 年上を抜く側だった。


 なのに、その子は。


 ぼくより、若くて。


 ぼくが、ずっとやってきたことをもっとずっと上手に、やってのけた。


 昔、ぼくが、先輩たちに、したみたいに。


 ぼくを抜いていった。


 ぼくは、植え込みの奥で、誓った。


 誰よりも、うまくなる、って。


 あいつらより、ずっと上に行く、って。


 その「上」を。


 ぼくは、知らなかったんだ。


 ほんとうの「上」を。


 試合が、終わって。


 ロッカーで、ぼくは、しばらく、動けなかった。


 奪われたものを取り返しに来た。


 ぼくのほうが、うまい。


 それだけが、ぼくの、中心だった。


 折れなかった、たった一本。


 でも。


 あいつより、ぼくは、うまくない。


 はじめて。


 その中心に、ひびが、入った気が、した。


 ……こわい。


 はじめて、そう、思った。


 殴られても、こわくなかった。


 無視されても、平気だった。


 奪えないものが、あったから。


 でも、いま。


 その、奪えないはずのものの、もっと上に。


 べつの誰かが、ふつうに、立っている。


 その夜。


 ぼくは、手紙を書いた。


 いつもは、強がりばかり、書いてた。


 「練習してる」「逃げてない」「見ててください」。


 でも、その夜は、ちがった。


 ペンが、勝手に、動いた。


「ななちゃん」


「ぼく、こわい」


 書いてから、消そうとして。


 ……消さなかった。


 まがった署名を消さなかった、あの日みたいに。


 いちど書いたものは、もう、消さない。


「すごいやつが、いるんだ。ぼくより、ずっと」


「とどくか、わからない」


「でも」


「ななちゃんが、見ててくれるなら」


「ぼく、まだ、走れる気がする」


 封をする。


 知らない国の、夜だった。


 でも、その手紙の、向こうに。


 ぼくの、しょうにんが、いる。


 それだけは、世界が変わっても、変わらなかった。


    ◆◇


——菜々子


何日か、して。


 海斗おにいさんの手紙が、とどいた。


 わたしは、もう、ほとんど、ひとりで読めた。


 漢字をいっぱい、覚えたから。


 読んで。


 わたしは、息をのんだ。


 「ぼく、こわい」


 海斗おにいさんが。


 いつも、強がってた、海斗おにいさんが。


 はじめて、こわい、って、書いた。


 わたしに。


 ……ああ。


 そうか。


 わたしは、わかった。


 しょうにんは、いらなくなんて、なかった。


 海斗おにいさんが、ちゃんと走れてるときは、いらないかも、しれない。


 でも。


 こわい、ときに。


 見ててくれる人が、いる。


 それが、必要なんだ。


 いちばん、つよいときじゃ、なくて。


 いちばん、よわいときに。


 わたしは、すぐ、返事を書いた。


 いちばん、ていねいな、字で。


「見てるよ。ずっと見てる」


「こわくても、いいよ」


「ななこも、こわいこと、あったよ」


「でも、海斗おにいさんが、見ててくれると思うと、ふえ、吹けるよ」


「だから、おたがいさま」


 ポストに、入れる。


 かたん。


 その音は、もう、ぐらついていなかった。

こわさを打ち明け合えたことで、ふたりの「見ている」関係はもっと強くなりました。

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