第12話「海を、わたる手紙」(前編)
海を越えて届くのは、手紙だけじゃなかった。
海斗おにいさんから、二通目のお返事が来た。
1つ
ふうとうが、すこし、ふくらんでいた。
わたしは、お店の奥で、そっと、あけた。
ドイツの、こと。
チームの、こと。
さむい、こと。
いっぱい、書いてあった。
そして、いちばん、さいごに。
毎晩。
となりの部屋から、ピアノの音が、聞こえる。
同じ
毎日、つっかえる。
でも。
次の日には、昨日より、少しだけ、先まで、弾けるように、なっている。
へたくそだけど。
きいていると。
ぼくも、がんばろう、って、思う。
いつか。
ななちゃんの、ふえも、きいてみたい。
わたしは、その言葉を、なんども、読んだ。
ふえ。
わたしの、ふえ。
海斗おにいさんが、きいてみたい、って。
むねの、おくが、ぽっと、あつくなった。
でも。
よろこんでばかり、いられなかった。
手紙には、漢字が、いっぱい、あった。
わたしの、知らない漢字。
黒くて、四角い、字。
くやしい。
海斗おにいさんが、せっかく、書いてくれたのに。
わたしは、ぜんぶを、ひとりで、読めない。
わたしは、ひきだしから、漢字のドリルを、出した。
知らない字を、ひとつずつ、さがす。
見つけて。
ゆびで、なぞって。
声に、出して。
おぼえる。
時間が、かかった。
でも。
いやじゃ、なかった。
これは、宿題じゃ、ない。
海斗おにいさんを、読むための、れんしゅう。
ぜんぶ、読めたとき。
手紙が、はじめて、ぜんぶ、わたしのものに、なった。
お母さんの声じゃ、なくて。
わたしの、目で。
***
お返事を、書いた。
ひらがなが、まだ、多い。
でも。
おぼえたての漢字を、すこし、まぜた。
「ふえ、まいにち、ふいてる」
「
「ドイツのことば、おぼえてる?」
「わたしも、漢字、おぼえてるよ」
書いて。
読みかえして。
まがった字を、消して。
また、書く。
いちばん、ていねいに。
海斗おにいさんが、ひとりで、読めるように。
ポストへ、入れた。
かたん。
小さな音が、した。
神棚へ、おまいりした日の、柏手に。
どこか、にていた。
◆◇
—
寮に、手紙が、とどく日は、すぐに、わかる。
朝。
ドアの下に、白い、ふうとうが、すべりこんでいる。
日本の、切手。
ななちゃんの、字。
ぼくは、それを、ひろって、ベッドへ、座った。
ドイツの朝は、まだ、暗い。
でも。
その白い、ふうとうだけは、あかるく、見えた。
封を、あける。
ひらがなが、いっぱい。
ところどころに、漢字。
まえより、ふえている。
「気」の字が、まがって、いない。
ぼくの手紙を、ひとりで、読むために。
この子は。
知る
海の、向こうで。
……ぼくも、やらなきゃ。
ぼくは、ドイツ語の、ノートを、ひらいた。
ピッチの外でも。
ことばに、ぶつかるって、決めたんだ。
ロッカーで。
おぼえたての、単語を、ひとつ、言ってみる。
みんなが、笑った。
でも。
ばかにする、笑いじゃ、なかった。
「カイト!」
「いま、なんて、言った?」
肩を、ぽん、と、たたかれる。
学校では。
返事だけで、一日が、終わることも、あった。
だから。
だれかが、ぼくの言葉に、返事を、くれた。
それだけで。
うれしかった。
その夜。
ぼくは、ななちゃんへ、手紙を、書いた。
「きょう、ドイツ語、しゃべった」
「ひとつだけ。へただったけど」
「みんな、笑った。でも、いやな笑いじゃ、なかった」
書きながら、気づく。
ぼくは、口べただ。
でも。
手紙なら、しゃべれる。
言える。
この、一枚の紙の上では。
言葉は、少しずつ、人を遠くまで運んでくれる。




