あの一件の後の話
夜。
ゴローバス王国の屋敷は朝とは違い静かだった。
朝の騒ぎが嘘のように、外では波の音だけが聞こえる。
ルークスは食堂の椅子に座りながら、あの光景を思い出していた。
海獣。
兵士。
そして——
倒れた男。
あの時、魔術師が放った魔術。
海獣を撃退するためのものだった。
けれど、その余波で兵士は死んだ。
魔術で。
人が。
死んだ。
「気になるかい?」
声をかけたのは、屋敷の守護魔術師だった。
ルークスは少し頷いた。
「海のやつ」
魔術師は少し考えてから言った。
「最近、ジュヴァール海は少しおかしいんです」
「魔力の流れが不安定になっている」
ケルトも頷く。
「西大陸の情勢不安も関係していると言われています」
「海獣の出現も増えています」
ルークスは少し考えた。
「結界って、海にもあるの?」
守護魔術師は答える。
「あります」
「港の外に防衛結界が」
「外海の魔物を防ぐためです」
ルークスは続けて聞く。
「空間魔術と結界魔術って、何が違うの?」
魔術師は机の上に指で円を描いた。
「空間魔術は——」
「この円の中を変える魔術です」
「重さ、距離、流れ、温度」
「空間そのものの環境を書き換える」
次に、円の外側に線を引いた。
「結界魔術は違う」
「境界を作る魔術です」
「内と外を分ける」
ルークスは静かに聞いていた。
しかし魔術師はさらに続けた。
「もう一つ、大きな違いがあります」
「結界魔術は——」
「境界の内と外で法則を変えられる」
ルークスの目が少し動いた。
魔術師は言う。
「例えば」
「この結界の中では魔術が使えない」
「内と外で世界を変えられるってこと?」
「そう言う事だ」
「そうして、敵の魔術を封じることができる」
一定範囲内の環境を法則そのままで変える空間魔術と
定めた境界内の世界法則を変えることで外と内の世界を分断する結界魔術。
箱の中身にあるものを並び替えるのと、箱そのものを変えるという違い。
環境変化と概念・法則変化。
ルークスの頭の中で、朝の光景が浮かんだ。
もし。
あの海に結界があれば。
海獣と人を分ける境界があれば。
兵士は死ななかったかもしれない。
ルークスは静かに息を吐いた。
魔術は便利だ。
面白い。
楽しい。
そう思っていた。
けれど違う。
魔術は。
人を。
殺す。
その時だった。
外から金属の音が聞こえた。
カン。
カン。
カン。
ルークスは窓を見る。
庭で誰かが剣を振っていた。
月明かりの中。
少年だった。
ルークスより少し年上。
動きは速い。
けれどそれ以上に、無駄がない。
剣が空気を切る音がする。
ルークスは気づいた。
強い。
兄ラウノートより。
その時、少年が動きを止めた。
そしてこちらを見た。
少ししてから、歩いてくる。
窓の外まで来て言った。
「見てたのか?」
ルークスは少しだけ頷く。
「うん」
少年は少し肩を回した。
「別にいいけど」
しばらく沈黙。
先に話したのは少年だった。
「海のやつ」
ルークスの目が少し動く。
「お前、なんかしてたろ」
ルークスは驚いた。
「……見てたの?」
少年は首を振る。
「見てない」
「でも分かる」
ルークスは不思議そうに聞く。
「どうして?」
少年は少し考えてから言った。
「流れ」
「海の流れが変わった」
「普通じゃなかった」
ルークスは何も言えなかった。
少年は続ける。
「魔法だろ?」
ルークスは小さく頷く。
「すごいな」
その言葉は、軽かった。
けれど嫌味ではない。
ただの事実のようだった。
ルークスは聞いた。
「君は?」
少年は答える。
「ギルバート」
少し間を置いてから言う。
「ギルバート・ゴローバス」
ルークスは少し驚く。
王族。
でも本人は気にしていない様子だった。
ギルバートは剣を肩に担ぐ。
「俺は魔術できない」
「剣だけ」
そして少し笑う。
「でもさ」
「お前、強いだろ」
ルークスは首を振る。
「剣は弱い」
ギルバートは笑った。
「じゃあ練習すればいい」
当たり前のように言う。
「俺も最初弱かった」
ルークスは少しだけ考えた。
剣。
今まで避けていた。
理由は分からない。
けれど。
今日。
魔術の怖さを知った。
なら。
別の力も知るべきかもしれない。
ルークスは庭の少年を見る。
それから数年後、彼らは勇者を探すパーティーを結成することになる。




