暴力vs読みの話
グレイの半歩――それは合理の一手だった。
直後に振り下ろされるギロウの一撃。
あの勢いのまま元の位置にいれば、負けは避けられない。
だから、半歩ずらす。
それだけで、衝突の角度が変わる。
威力を真正面から受けず、流すための位置へ。
北剣流の“流れ”と噛み合い、受ける力を最小限に抑える。
当たる位置を調整し、余波すら消す。
「……当たる位置を微調整して、“流れ”で余波も殺す、か」
オルミムスが、ぼそりと呟いた。
ルークスには、まだ完全には理解できない。
なぜ――これほどの連撃を、受け続けられるのか。
「チッ……!」
ギロウは舌打ちしながらも、攻勢を緩めない。
振り下ろし、薙ぎ払い、踏み込み、叩き潰す。
迷いはない。
最適解を選び続けている――
いや、違う。
(選んでない……)
ルークスは気づく。
ギロウは“考えていない”。
それでも最適に近い動きを叩き出している。
理屈ではなく、勘。
グレイとは対極の“読み”。
「化け物か……」
誰かの声が漏れる。
その剣は止まらない。
まともに防げば砕ける。
それでも――
グレイは崩れない。
(……対応してんのか、あれに)
ルークスの視線が鋭くなる。
その時、気づいた。
グレイは剣を見ていない。
ギロウ、そのものを見ている。
肩、腰、足運び――
全てから情報を拾い、瞬時に“次”を読む。
「あった」
小さな呟き。
次の瞬間。
ギロウの横薙ぎが来る、その“直前”。
グレイの体が、内側へ滑り込んだ。
「――!?」
観客席がどよめく。
最も危険なはずの間合い。
だがそこは、ギロウの力が最も乗らない位置でもある。
(カウンターか……!)
ルークスの脳裏に閃く。
「馬鹿がッ!!」
ギロウが咆哮する。
その瞬間。
まだ加速しきる前の剣の持ち手を――
グレイは左手で、掴んだ。
「掴むか……!」
オルミムスの声がわずかに低くなる。
北剣流高等技――“加速止め”。
加速する前の剣を止め、流れを断つ。
無防備になったギロウへ――
体を捻る。
回転斬り。
北剣流の受け流しに、南剣流のカウンターを重ねる。
完璧な一撃。
――の、はずだった。
バキッ――
鈍い音。
グレイの左腕が、折れた。
「……っ!?」
ルークスの息が止まる。
受けきれなかった。
ギロウの力を、完全には殺しきれなかった。
本来の動きはこうだ。
左手で剣を止め、その勢いを利用して回転を加速させる。
両足を浮かせ、接地を断つ。
支点を左腕一本に集約し、受けた力を逃さず回転へ変換する。
そのまま捻ることで、加速した斬撃を叩き込む。
――だが。
支点である左腕が、耐えられなかった。
力が抜ける。
回転が死ぬ
「終わりだァ!!」
ギロウの一撃が振り下ろされる。
だがーーー
グレイは思考を止めない。
折れた左腕のまま、咄嗟に左肘を叩きつける。
衝突の反動と、僅かに残った体の勢い。
それを無理やり利用して間合いの外に、弾けるように脱出した。
「ぐっ」
荒い呼吸。
左腕はもう使えない。
「隙と思ったのか?」
ギロウが笑う。
それも当然である。
片腕が折れて使えないグレイは、明確に窮地に立たされている。
それでもーーー
グレイは折れていない。




