決勝戦の話
剣術大会五日目――学園最強の剣士を決める戦いは、いよいよ最終局面を迎えていた。
スタジアム中央、バトルフィールドに対峙する二人。
アーカイール・グレイとギロウ・ハーメルン。
ジリジリと音が鳴るかのように、会場全体に緊張が張り詰める。
もっとも、この決戦は下馬評通りとも言えた。
ギロウ・ハーメルン。五年生、十七歳。
中央大陸の大国アーカデオン、その四大貴族の一つハーメルン家の次男。
巨体から振るわれる一撃――それはまさに、西剣流の真髄。
「貴族でもない奴が、どうしてそこまで強い?」
不意に、ギロウが問いを投げた。
「戦いの前に問答か?」
グレイは淡々と返す。
「遺言くらいは残しておけよ」
「言っておくが、このフィールドで殺しはできないぞ。それに負けるのはお前だ」
「そんな事言わずによぉ。遺言もなければ、家族が泣くだろうが」
「お前、家族が自分を想って泣く姿を想像できるのか?」
次の瞬間、ギロウは怒号とともに剣を抜いた。
「まだ……試合が――!」
開始の合図を待たずして、フィールドに砂煙が舞い上がる。
急展開に、会場はただ呆然と見守るしかなかった。
「早いな……あのギロウってやつ」
「獣族百パーってわけじゃにゃいのに、あれはすごいにゃ」
西剣流らしく一撃は重い。
だがそれ以上に、東剣流のような連撃で畳みかけている。
「グレイが防戦一方にゃ」
「……いや、この前みたいに何か反撃の一手を――」
ルークスが言い切るより早く、審判が動いた。
「はぁ……」
二人に気づかれることもなく、その男は両者の剣を素手で止めていた。
「ルールは守れよ。餓鬼ども」
準決勝までの審判は、学園出身の冒険者が務めていた。
だが決勝において、その役目を引き受けたのは別格の存在だった。
人族としては平均的な身長と体格。
ぼさぼさの黒髪に、やる気のなさそうな目。
首元と頬には火傷の痕。肌には無数の傷が刻まれている。
――ビシャダルク魔法学園剣術最高師範
オルミムス・ヘンドリクス。
砂煙がゆっくりと晴れていく。
フィールドの中央――そこに立っていたのは、二人だけではなかった。
その“間”に、いつの間にか割り込んでいた男。
「……何だ、あいつ」
思わず、ルークスは呟いた。
視線が、自然とその男に引き寄せられる。
剣を――しかも全力で振るわれたそれを、素手で止めている。
技術とか、流派とか、そういう次元の話じゃない。
(……止めた、んじゃない。ねじ伏せた)
空気ごと、戦いを抑え込んだ。
そんな感覚だった。
「知らねぇのかにゃ?」
隣でヒンクスが小さく笑う。
「決勝の審判は特別にゃよ」
「特別……?」
「ビシャダルク魔法学園剣術最高師範――オルミムス・ヘンドリクス」
その名前が、やけに重く響いた。
ルークスはもう一度、男を見る。
だがその奥にある何かが、異様だった。
(……強い、なんてもんじゃない)
“強さ”として認識することすら、どこか違う。
ただそこにいるだけで、戦いという行為そのものを支配している。
「昔はな、前線で暴れてたらしいにゃ」
ヒンクスが続ける。
「今は学園に引っ込んでるけど、剣に関しては別格。あの人に勝てる剣士、ほぼいにゃいって言われてるにゃ」
「ほぼ……?」
「ゼロじゃないのが怖いとこにゃ」
ルークスは無言のまま、フィールドを見つめる。
(あれが……“上”か)
今まで見てきたどの剣とも違う。
技術でも、力でもない。
“領域”そのものが違う。
そのとき――
「……で?」
オルミムスが、気だるげに口を開いた。
「続けるのか。やめるのか」
止められていた剣が、ゆっくりと解放される。
ギロウが舌打ちをし、グレイは静かに間合いを取り直した。
「……やるに決まってんだろ」
低く唸るように、ギロウが言う。
「早く戻れ」
オルミムスは一歩、後ろに下がった。
その瞬間、空気が戻る。
押さえつけられていた“戦い”が、一気に解き放たれた。
「――始めろ」
次の瞬間。
地面が爆ぜた。
ギロウの踏み込み。
さっきまでとは比べ物にならない速度。
「……っ!」
ルークスの視界から、一瞬で消える。
遅れて、轟音。
西剣流――その極致の一撃が、グレイに叩き込まれる。
だが。
(……違う)
ルークスの目が、わずかに細まる。
グレイは、崩れていない。
押されている。確かに防戦一方だ。
それでも――
(耐えてる、だけじゃない)
受けている。
流している。
“次”を、待っている。
「来るぞ……」
思わず、ルークスは呟いた。
その瞬間。
グレイの足が、半歩だけ動いた。




