カゴの中身
三姉妹がスーパーに行くだけの日常です
三姉妹は学校の帰りにおつかいを頼まれたので、スーパーで食材を買って帰る。
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スーパーの自動ドアが開いた瞬間、ひんやりした空気が3人を包んだ。
外は早くも初夏の匂いがし始めているのに、店内は相変わらず春と冬の中間みたいだ。
「寒っ」
真奈がそう言いながら、カートにカゴを1つ乗せた。
「……じゃ、買い物リスト確認するね」
佳奈がスマホを取り出す。
母から送られてきた短いメモ。
・鶏むね
・キャベツ
・ジャガイモ
・卵
・豆腐
・余裕あったらデザート
「今日は少なめだね」
「特に変わったものはないね」
「カゴ1つで足りるよね?」
「うん。今日はそんなに多くないし」
2人が話している横で、結菜はすでに違う方向を向いている。
「じゃあ、私デザート見てくるね!」
「ちょっと、結菜!」
佳奈が呼び止める前に、結菜はお菓子コーナーの方へ小走りで消えていった。
「……最初からこれ」
「まあ、想定内」
「今日の献立、このメモの食材と家にある食材を考えたら、たぶんシチューだと思う。具材的に考えて。お母さん日勤だったし」
佳奈は推察する。
「じゃあ、まず野菜売り場だね。結菜はどっかにいっちゃったけど」
真奈は苦笑しつつ、カートを押して野菜売り場へ向かった。
野菜売り場は、週末前ということもあって人が多い。
キャベツの山には「本日特価」の札がついていた。
「キャベツ安いね」
「今日は当たりだね」
山積みになった春キャベツの前で、真奈が一玉手に取った。
「春キャベツって軽いね」
「ほんとだ。いつものキャベツとは違うね」
佳奈も別の一玉を持ち上げてみる。
確かに、ずっしりという感じがない。
「春キャベツ、巻きがふんわりしてる」
真奈が言いながら、外葉を少しだけずらす。
「中まで緑っぽい」
佳奈が覗き込んで言った。
「これ、甘いやつじゃない?」
「うん。サラダとか向いてるタイプ」
「シチューにちょうどいいかな」
「煮すぎなければ」
2人で顔を見合わせて、そのキャベツをカゴに入れた。
ジャガイモも芽が出てなくて、変色していない、皮剥きしやすいものを選ぶ。
次は肉売り場。
冷ケースの前で、真奈は真剣に鶏むね肉をじっくり見比べる。
「真奈、そんなに何を見てるの?」
「皮があまりついていないのを選びたいの。つまり脂質を少なくしたいの」
佳奈はへぇと、その様子を少しだけ感心した顔で見ていた。
真奈が一つのパックを選び取る。
「はい、鶏むねクリア」
卵・豆腐売り場で、佳奈が立ち止まった。
10個入りの卵パックを手に取って、しばらく考えている。
「1パックで足りるかな……」
「家族5人でしょ?」
真奈が即答する。
「朝に目玉焼きを5個作って、他に卵料理に使うなら、2パックあっても困らないと思うよ」
「……だよね」
佳奈は少し迷ったあと、もう1パックをカゴに入れた。
「豆腐はいつもの」
「絹でいいよね」
「うん」
淡々と、でも確実に買い物は進んでいく。
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「ただいまー、探したよ2人とも」
どこからともなく声がして、結菜が戻ってきた。
手には小さなデザートのカップ。
「期間限定なんだって!」
「……それ、デザート?」
「うん! いちごチーズケーキ」
結菜は自信満々にカゴへ入れる。
「でもね、糖質は少ないよ」
「『糖質は』?」
真奈がカゴからデザートのカップを持ち上げ、成分表を見る。
「……確かに、糖質はまあ許容範囲かな」
「でしょ?」
「でも脂質は高いから却下」
「えぇ――、そんな――」
「結菜、残念だったね」
「ちょっとデザートコーナーに商品を戻しながら、他に代わりになるものがないか見てみましょう」
カートの向きがデザートコーナーへ向かう。
脂質と糖質が溢れるデザートコーナーで、真奈は成分表を見ながら色々と吟味する。糖質は少なく、脂質も少ないデザート。
「これならいいよ」
真奈が結菜にデザートを渡す。
低糖タイプのスフレチーズケーキ。
「これか……同じチーズケーキだし、今回はこれで我慢するか」
「じゃあ私はこれ」
佳奈はコーヒーゼリーをカゴに入れた。
「それはいいの?」
「そうね、成分的にはデザートの中では優秀なほうね」
結菜は少し不満そうな顔をしつつも、低糖スフレをカゴに入れた。
真奈は満足そうにうなずく。
「これで全部揃ったね」
「あとはレジだけ」
レジに向かう途中、佳奈がふと口にした。
「ちゃんと買い物できたね」
「私は我慢したけど……。お菓子も我慢したけど……」
「今日は平和だった」
真奈がそう言うと、結菜が首をかしげる。
「いつも平和じゃないみたいじゃん」
「まあ……そんな時もあるよ。特に甘いものが関係してると」
チラッと真奈は結菜を見る。
セルフレジで会計を済ませ、エコバッグに商品を詰めていく。
真奈が卵を慎重に入れる間に、佳奈が豆腐を底に寄せる。
結菜はデザートを一番上に置いた。
「崩れないようにね」
「大丈夫、大丈夫」
3人で袋を分担して持ち、出口に向かう。
外はまだ明るく、風が少し暖かい。
「やっぱりシチューを作るのかな」
「たぶん、家にはカレーのルーはもうなかったけど、シチューのルーはあったのを見た気がする」
そんなことよりも結菜が楽しみにしているのは
「あぁ、早く食べたいな、デザート!」
3人の声が重なったままお店を後にすると、自動ドアが静かに閉まった。
5月の午後は、まだまだ続いていく。
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帰宅後、母はすでに家にいて、父もリビングにいた。
キッチンに入った瞬間、
佳奈はエプロンを手に取った。
「じゃあ、作ろうか」
母はエプロンをして言う。
それを合図にしたみたいに、
3人がそれぞれ動き出す。
結菜は冷蔵庫を開け、
買ってきたものを並べる。
「キャベツ、卵、鶏むね、豆腐……」
「順番に出してくれると助かる。でも豆腐と卵は今は使わない。そうだよねお母さん」
「そうだね。今日はシチューだから卵と豆腐は使わないかな。冷蔵庫に戻して」
「やっぱりシチューだ」
佳奈は予想が当たって笑みを浮かべる。
真奈は手を洗って、
まな板を出した。
「下処理、やる」
「お願い」
真奈がジャガイモの皮を剥き少し大きめにカットする。それから、キャベツを3センチ四方にざく切りにする。
鶏むね肉を前に、
真奈が包丁を入れ、一口大に切っていく。
無駄のない動き。
切り口もきれい。
「まー姉、包丁の使い方うまいよね。簡単に切ってる」
「慣れだよ」
「料理は?」
「……別」
佳奈は聞こえないふりをして、
にんじんを冷蔵庫から取り出してピーラーで皮をむき、乱切りにする。
火をつける音。
鍋が温まる。
「油、控えめで」
真奈が言う。
「分かってる」
佳奈は鶏肉を鍋に入れる。
鶏肉が焼ける音がして、
キッチンに匂いが広がる。
にんじん、ジャガイモを投入する。
炒めて、鍋に水を入れてフタをする。
母はあく取りをする。
「3人いると作業楽ね」
「お腹すいてきた」
結菜が言う。
「もう少し。真奈的に言えば後20分で出来るはず」
佳奈は答える。
一度火を止めて、シチューのルーを入れ、かき混ぜる。
再び火をつけ、牛乳と春キャベツを投入しながら、シチューのとろみを見る。
「お皿、出すね」
結菜が言って、
何も言われていないのに動く。
「ありがとう」
佳奈が言う。
シチューは出来上がった。鍋を取るとクリーミーな香りがする。
盛り付けは、結菜がした。
食卓に並べて、一息。
「いただきます」
一口食べて、結菜が言う。
「普通においしい」
「普通ってそれ、褒めてる?」
「もちろん褒め言葉だよ」
結菜が食べながら言う。
真奈は静かにうなずいた。
「塩分も問題ない」
「お母さんはどう? 味」
「どうと言われても、おいしいシチューですとしか言いようはないかな。ただ色合いを良くするためにブロッコリーがあってもよかったくらいかな」
「なるほど、彩ね。今後に生かさせてもらいます」
佳奈はシチューを美味しそうに食べる結菜をふと見て、それで心は満たされ十分だった。
完璧じゃなくていい。
特別じゃなくていい。
台所は静かになって食卓が賑やかになった。
3人で買ってきた材料が、ちゃんと形になっている。
食卓を囲みながら、父がシチューを一口食べて言う。
「今日のシチュー、何だろう、優しい味だな」
「春キャベツだからかな?」
佳奈の答えに、父は少し考えてからうなずいた。
「なるほど、それもあるかもな」
シチューの中で、キャベツは柔らかくほどけている。
鶏むね肉も、しっとりとした食感。
鍋を丁寧に煮込んだことが伝わってくる。
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食後、珍しく父が皿洗いを引き受ける。
スポンジを手にしようとした時。
「お父さん、うちは食洗機あるから」
結菜が声をかける。
「そうか。使い方分からないんだ。教えてくれないか」
「簡単だよ。まずここを開けて――」
結菜が実演しながら説明する。
父は真面目な顔でうなずきながら、食洗機に食器を並べ始めた。
母はその分、リビングでゆっくりしていた。
テーブルでは、食洗機の開始ボタンを押した父が新聞を広げた。
クロスワードの途中で、父が声を上げた。
「これが、分からん」
「どれ?」
真奈が覗き込む。
「四文字。『葉を巻く野菜』」
3人は顔を見合わせた。
「……キャベツ?」
「それが答えじゃない?」
父はしばらく黙ってから、笑った。
「そうか。今日のシチューだな」
リビングに、穏やかな空気が流れた。
窓の外では、夕暮れが少しずつ色を変えている。
何気ない一日。
何気ない買い物。
何気ない夕食。
でも、かけがえのないものが確かにそこにある。
3人は、今日も一緒の場所で、静かに夜を迎えた。




