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とまらない三姉妹の日常  作者: 古咲一和


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30/40

夜空を照らす光と広がる鼓動


 8月も終わりに近い土曜日の夜。佳奈は浴衣に着替えた結菜の後ろ姿を見ながら、自分たちが計画していた花火大会のことを思い出していた。

 2週間前、ラインで綾田永叶(えいか)が「花火一緒に行きませんか」と提案したのが始まりだ。森北三姉妹は、理恵の姉、大学ニ年の永叶に実際に会うのは今日が初めてだ。


「結菜、帯のところちょっと浮いてない?」


 佳奈が指摘すると、結菜はくるりと振り返った。浴衣の帯を直そうとして、でも結局うまく直らず、ため息をついた。


「いいよ、こんなもん」


 相変わらず大雑把だった。佳奈は緩んだ帯を直す。真奈は、浴衣を着ていない。理由は単純で下駄で長距離歩きたくないの一言だった。佳奈も浴衣を着ていない、暑いし動きにくいからだ。


 集合場所は公園。佳奈たちが着いた時、綾田姉妹はすでに待っていた。

 長女の永叶は、凛とした理恵よりもさらに涼しい顔立ちをしていた。グレーにネイビーのストライプの浴衣に身を包み、髪を半分アップにしている。

 理恵は意外にもTシャツに短パンというカジュアルな格好だ。そしてリュックを背負っている。

 横に立つ中学一年生の鈴香は、赤い浴衣姿で、すでにそわそわしている。


「こんばんは」


 永叶が挨拶した。声は低めで、落ち着いている。


「あ、永叶さん。こんばんは、はじめまして森北です」


 佳奈は丁寧に頭を下げた。永叶の表情は柔らかく、佳奈の緊張を簡単に解いてくれた。


「こんばんは、えーと」


 理恵がフォローする。


「今話してるのが佳奈、浴衣なのが結菜、ちょっと背が高いのが真奈さん」


 そう言って、永叶は結菜に目を向けた。


「浴衣を似合ってますよ結菜さん。可愛い」


 結菜は照れくさそうに顔を背けた。真奈はというと、永叶を見上げて、少し感心したような表情を浮かべている。


「そっちも紹介してよ理恵」


「見ればわかるでしょ、佳奈。……ストライプの浴衣を着てるのが長女の永叶。そしてこのチ……」


 理恵は家でいつも読んでいるあだ名が出そうになって止まった。


「ちょっとお姉ちゃん……」


 鈴香は理恵以外には誰にも表情を見せない角度で理恵をにらむ。理恵が鈴香の肩に手を置く。


「ごめん。この子が三女の鈴香」


「よろしくお願いします」


 と鈴香は礼をする。


「では、行きましょう」


 永叶が先頭に立って歩き始めた。後ろから、鈴香が真奈に話しかけている。


「真奈さんはなんで浴衣着なかったんですか?」

「会場までの道中浴衣で下駄はちょっとね、疲れる」

「え、もったいない」


「何が入ってるのそれ」


 佳奈がリュックを見ながら理恵に言う。


「まあ、色々と。ブルーシート、虫除けスプレーにトイレットペーパー。寒くなった時のための防寒具とか」


「そないあればってやつだね」


 そっ、と理恵はうなずく。


 花火大会の会場は、河川敷だ。既に多くの人出がある。永叶が周囲の人ごみを避けた、少し奥まった場所を選んだ。


「ここで、いいかな」


「いいね」と理恵。


 2列に並んで、空を見上げる。まだ空は夜空ではなかったが、最初の花火が上がった。

 ドン、と低い音が鳴り響き、夜空に大輪が咲く。黄色い光が、みんなの顔を照らした。


「あ、きれい」


 鈴香が歓声を上げた。理恵は静かに、花火を見つめている。結菜は口を少し開いて、うっとりした表情だ。真奈は、点数をつけるが如く真剣な目つきで見上げている。

 佳奈は、隣の永叶を盗み見た。永叶の顔には、微かな笑顔が浮かんでいた。


「いいですね」


 永叶が呟いた。


「本当。毎年、この瞬間が好き」


 二発目、三発目と、花火が上がり続ける。赤い光、青い光、緑の光。色が変わっていく花火。

 そして大きな花火が上がった。

 ドドドン——と、低い音が響き、胸の鼓動が揺らぐ。夜空に大輪が咲く、その後に衝撃波が身体を貫く。息をしていても、その息さえもが花火の衝撃に飲み込まれていく。


 鈴香は身を寄せた。理恵は、そんな妹にちょっかいを出すかのように肩をぶつけた。


「あ、ちょっとお姉ちゃん!」


 鈴香が文句を言ったけれど、笑っている。


 佳奈は、隣の真奈に目を向けた。真奈は真剣な面持ちのままだが、その身体は、わずかに震えている。


「大丈夫? 雷みたいな衝撃波、平気?」


 佳奈が聞いた。真奈はちょっと驚いた表情をしたけれど、すぐに顔を空に向け直した。


「雷は苦手だけど。これは、毎年のことだから。慣れた」


 そう呟いた。


「雷は慣れないのに」


 佳奈がいじった。


「そういうわけだ」


 真奈が返した。素っ気ない答えだ。

 

 ドドドドドン——と、複数の花火が同時に上がった。夜空いっぱいに色が広がり、その音が、佳奈たちのやりとりをすべてかき消した。会場全体が揺れるような、圧倒的な衝撃。

 真奈の素っ気ない返答すら、この花火の前では意味をなさない。ただ、その光と音と衝撃だけが、世界のすべてになった。

 佳奈は、自分たちの家族との違いを感じた。真奈は素っ気ないし、結菜は単純だし、自分も——佳奈は常に、周囲を気にして、何かを調整している。でも綾田家の三姉妹は、違うバランスで成り立っているみたいだ。


「佳奈さん」


 突然、永叶に話しかけられた。


「え?」


「理恵から、聞きました。佳奈さんが、いつもみんなの世話を焼いてるって」


 佳奈は、どう返すべきか迷った。


「そんなことは……」


「大変ですね。でも、いいと思いますよ。大事なことだと思います」


 永叶はそう言った。

 佳奈は、何か胸の中に引っかかるものを感じた。良い意味で。


 花火は、次々と上がっていく。やがて最高潮を迎えた。

 夜空いっぱいに、複数の大輪が同時に咲き誇る。音も光も、圧倒的だった。周囲は拍手の音で満ちていた。


「綺麗だったね、鈴香」


 うん、と鈴香は理恵に身を寄せ、結菜は声も出さずに見つめている。真奈でさえ、微かに目を大きくしている。

 永叶は、その光の中で、微かに笑っていた。

 そしてそれが終わると、数秒の間を置いて、最後の数発が上がる。佳奈は気付いていた。この後、会場は大混雑になるだろう。


「帰り混むね」


 結菜が呟いた。


「そうですね。今のうちに会場からは出ますか」


 永叶が言った。


「どこか、寄りませんか?」


 真奈が提案した。


「それはいいですね。どこに行きますか?」


「我が家はどうですか?」


 真奈が言った。


「ベランダから、花火が見えますよ」


 佳奈がそう返すと、みんな頷いた。


「それいいですね。混雑も避けられるし」


 永叶が言った。


「車で来ているので、真奈さん道案内お願いできますか?」


「え、私?」


 真奈は少し驚いたけれど、すぐにうなずいた。


「わかりました」


 駐車したところが少し遠く、そこに行くのが永叶と真奈、森北家に徒歩で直接行くのは佳奈、結菜、理恵、鈴香の4人だった。


 道中、鈴香が腕をさすっているのを見て、理恵がリュックからフリース出す。


「寒いんでしょ」


それを鈴香の肩にかけた。


「ありがとう。お姉ちゃん」


「ん」と短く答える理恵。


⸻


 永叶の車は、黒い軽自動車だった。真奈が助手席に座り、道案内を始めた。「右」「左」と、淡々と指示を出す。永叶は、その指示に従いながら、静かに運転した。


 コンビニに寄った。飲み物とお菓子、唐揚げやおにぎりなどを買い込んだ。真奈は、無表情のままコーヒーを選んで迷ったけれど、やめた。


 やがて、6人が森北家にほぼ同じくして着いた。

 家では父と母がお酒を飲みながらテレビで花火大会を見ていた。


「ベランダ、こっちです」


 佳奈が皆を連れていく。2階ベランダから、夜空を見ると、まだ花火が上がっている。


「あ、見える」


 鈴香が声を上げた。

 永叶は、スマートフォンからラジオのアプリを起動した。


「ラジオ流します。花火大会の放送をしてるはずです」

 パーソナリティの声が、スピーカーから聞こえてきた。

 その声の中で、ベランダから花火を見ると、不思議な雰囲気が生まれた。まるで、花火大会の会場にいるように、今は家にいる。その二つの世界が、重なって見えた。

 ラジオの声が途切れると、次の瞬間、花火が上がる。その衝撃が、微かだが、ベランダを揺らした。音もした。距離はあるけれど、確実に伝わってくる。


「あ、来た」


 結菜が呟いた。

 また花火が上がり、また衝撃が伝わる。全体像を観れるのが新鮮だった。河川敷で見るのとは、違う体験。

 鈴香は、興奮を抑えきれず、ラジオのボリュームを上げる。理恵が、それを見てちょっかいを出そうとするけれど、ここではあまり動く余裕がない。


「家だからトイレがあるから安心だね」


 結菜が、ふとそう呟いた。


「そっか。そういえば、花火大会にいる時は、トイレが大変だし」


 佳奈が返す。


「ほんと。ここなら、好きな時に行けるし」


 永叶も、そう言った。

 本当に、そういう小さなことが、家に来ることの良さなんだと思った。混雑を避けられて、トイレもある。そして何より、ベランダから花火が見える。


 8月の夜、花火の衝撃。ラジオの声。誰かの笑い声。トイレがあるという、当たり前の安心。

 6人は、その時間の中に、ゆっくり身を浸していた。


 花火が終わると、ラジオは別の番組に切り替わった。ベランダからは、もう花火は見えなかった。でも、遠くから、微かに火薬の匂いが漂ってきた。きっと今頃ライトやペンライトで、対岸では誘導灯が振られているんだろうなと佳奈は思った。


「良かったですね」


 永叶が呟いた。


「本当」


 結菜が、そう返した。


「また来年も、こんな感じで来ましょう」


 永叶が言った。


「え、来年も?」


「はい。この感じ、いいですね。来年も」


 永叶は、当たり前のように言った。

 佳奈は、その言葉が嬉しかった。永叶がそう言ってくれることで、この夜が、一回きりのものじゃなくなった。来年もあるんだ。その時も、こうして一緒にいるんだ。そう思わせてくれた。


「そうだね」


 真奈が、珍しく同意した。


「来年もまた花火見ましょう」


 佳奈も、そう言った。

 永叶は、微かに笑った。その表情は、ずっと変わらない落ち着きの中にも、本当の柔らかさが見えた気がした。

 8月の終わりの夜。火薬の匂いがまだ残る中で、6人は、来年のことを約束した。新しい出会い。予定していた通りに、でも予定していなかったことを超えた約束ができた。


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