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とまらない三姉妹の日常。―最新AIとの共作。そこに魂は宿るのか。心は揺れるのか。その目で見届けて。―  作者: 古咲一和


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真奈のお泊まり 〜一人では焼けないふっくらした夜〜


 勉強を終えた3人は、リビングで少し休んだ。その後、7時。


 キッチンの準備は、美咲が用意していた。全てが揃っている。


 明日香が2階から降りてきた。


「お姉ちゃん。先輩たちいる?」


「うん、ほらそこにいるじゃん」


 美咲が、リビングにいる2人を指した。


「あ、来てた。まだ焼き始めてないよね」と明日香。


「うん、これから始めるところ」


 美咲は答え、真奈に頼む。


「真奈、キャベツ切ってくれる?」


「いいよ」


 真奈が返す。


 キッチンのカウンターに、キャベツがまな板の上に置かれた。真奈は、包丁を持つと、すぐに切り始めた。


 その手さばきは、素人じゃないだった。リズミカルで、力加減が完璧。包丁が、シャッシャッシャッと音を立てて動く。キャベツは、千切りになっていく。それを軽くみじん切りにする。


「わ、やっぱり上手い」


 優子が、その様子を眺めながら言う。


 真奈は、返事をしない。ただ、集中して切っている。野菜を切ることに関しては、彼女は無心になるのだろう。日常の作業の中で、唯一、彼女が得意とする領域。


「この速さ、毎日やってるんですか?」


 優子が聞く。


「週3、4回かな」


 真奈が答える。「夕食の準備とか」


「へぇ、長女だ」


 明日香が、つぶやく。


 キャベツが完全に切られた。その量は、かなり多い。まな板の上は、キャベツの山だ。


「これで足りる?」


 真奈が美咲に聞く。


「十分だよ。ありがとう」


 美咲が返す。


 真奈は、包丁を洗った。その後、キャベツをボウルに移す。真奈は、結局のところ、「料理が苦手」というより、「調理全般の基本は完璧だが、火加減や組み立てや応用が苦手」という感じだ。


 ホットプレートが、リビングテーブルの上に置かれた。美咲が温度を調整する。中火から強火の間くらい。


「生地は?」


 真奈が聞く。


「冷蔵庫に」


 美咲が答える。「昨日の夜に作った」


 明日香が、生地を持ってくる。その他、ネタが並べられた。卵、豚肉、えび、イカ。野菜はキャベツの他に、タマネギとコーン。


「豪華だ」


 真奈が言う。


「4人いるし、今日は特別だよ」


 美咲が返す。


 美咲は、ボウルを取り出した。その中に、生地を入れる。


「生地をボウルに?」


 真奈が聞く。


「そう。関西風は、全部混ぜるんだ」


 美咲が説明しながら、生地をボウルの中で、スプーンで少し混ぜた。


 その後、キャベツを入れる。先ほど真奈が切ったキャベツが、生地に混ぜられていく。


「全部混ぜちゃうんですね」


 真奈が言う。


「そう。生地とキャベツが均等に混ぜるようにする」


 美咲が言う。その手は、ボウルの中で、空気が入るようにゆっくりとかき回している。


 さらに、コーン、タマネギも入れられる。全てが、ボウルの中で混ぜられていく。


「いっぱい入ってる」


 明日香が言う。


「そう。野菜も、全部入れちゃう。関西風は、そういう感じ」


 美咲が言う。


 ボウルの中には、今や、多彩な具材が混ぎった生地がある。それは、もはや「生地」というより「タネ」という感じだ。


「これで準備完了」


 美咲は、プレートの上に油を広げた。じゅっという音。プレートが温まっている。


「関西風は、シンプル」


 美咲が説明しながら、ボウルからお玉で生地を持ち上げた。


 その生地は、もう混ぜられた状態だ。キャベツ、コーン、タマネギが、全て均等に混ざっている。


 プレートの上に、生地を落とす。


 ふわり、と広がる。生地が、プレートの上で円形になっていく。直径は20センチほど。


「後は、焼くだけ」


 美咲が言う。


 豚肉を生地の上に乗せた。


 その手さばきは、真奈のキャベツ切りと同じくらい自然だ。無駄がない。


 5分ほど焼く。プレートの上で、生地の底面がこんがりと焼ける音がする。


「そろそろ」


 美咲が呟いて、へらを2つ持つ。プレートの端から、へらを入れて、一気にひっくり返す。


 どっ、という音。


 ひっくり返した瞬間、焼きたての面が、プレートの上に現れた。香ばしい香りが立ち上る。


「ひっくり返すの上手いね、相変わらず」


 明日香がつぶやく。


「これで、あともう5分」


 美咲がプレートにフタをする。その間、へらを持ったまま、生地の様子を見ている。


 焼ける音が、心地よく続く。


「焼けた」


 美咲が判断して、フタを取り、お好み焼きをへらで持ち上げた。


 プレートから、すっと持ち上げられたお好み焼きは、その厚さが関西風の特徴だ。ふっくらとしている。広島風のような層ではなく、全てが混ぜ合って、一つの塊になっている。


 その上に、美咲がソースをお好み焼きの表面に垂らす。それを、へらで素早く広げていく。


 ソースが、焼けたお好み焼きに吸収されていく。その上に、マヨネーズを網目状にかける。細い筋状に、マヨネーズが並ぶ。


「最後に」


 美咲が言って、青のりを散らす。そして、かつお節を、ふんわりとのせる。


 完成。


「これが、関西風」


 美咲が言う。「材料を全部混ぜて、一度だけ焼く。シンプルなもんでしょ」


 お好み焼きを4等分にして、皿に配る。


「いただきます」


 真奈が言って、一口かじる。


 口に入れた瞬間、削り節が動く。キャベツのホクホク感の中に、玉ねぎのとろっとした柔らかさが加わり、口当たりがいい。外は豚肉がカリッと焦げていて、中はふっくらしている。ソースの味が、全体に広がる。


「あ、おいしい。参考にさせてもらおう」


 真奈が言う。その言葉は、短いが、確かな満足感がある。


 優子も、一口食べて、目を丸くした。


「わ、ふっくら。広島風と全然違う」


「でしょ」


 美咲が、ニヤりと笑った。「私はこの焼き方が好き。シンプルだし、中がふっくらしてるし」


 次のお好み焼きを焼き始める。


 今度は、豚肉の代わりにえびを入れたバージョン。


「えび、どのくらい入れるの?」


 明日香が聞く。


「好きなだけ」


 美咲が答える。


 生地をプレートに垂らし、焼く直前にエビを乗せる。


 プレートに広げて、焼く。5分。裏返す。フタをして蒸す5分。


 焼けた。


 ソース、マヨネーズ、青のり、削り節を重ねて。


 完成。


 その後も、お好み焼きが次々と焼かれた。豚玉、えび玉、イカ玉。関西風の焼き方は、変わらない。生地と材料を混ぜて、片側づつ一度だけ焼く。シンプルで、素早い。


 真奈と明日香は、焼き上がったものを食べながら、時々キャベツを足したり、ネタを準備したりする。そしてそれを焼く美咲。3人の動きは、自然と息が合っていた。


 美咲はタネを見ながら真奈に言う。


「焼いてみる?」


 真奈は驚く、そして「私には無理」と遠慮する。


「練習、やってみなって」


 優子もチャレンジは大切と、真奈を応援する。

 真奈もやってみますか、結果はどうあれと立ち上がる。


 タネはもうできてる。真奈はそれをプレートに落とした。あとは焼くだけだ。真奈の心拍数が映画を見た時以上に上がる。視線を逸らさない。


 美咲がアドバイスする。


「焼くのはだいたい片面5分。音をよく聞いて「ジューッ」って高い音から、少し落ち着いた低い音に変わったら、ひっくり返すタイミングだから」


 真奈は静かに耳を澄ませる。

 音が変わった。真奈はヘラを2つ手にしてお好み焼きと向かい合う。ヘラを滑り込ませ一気に手前に返す。


 お好み焼きは焦げてはいない。フタをする。

 もうあと5分。そろそろだとフタを取る。

 良さそうだった。念のためもう一度ひっくり返してみる、焦げてはいなかった。切ってみる、生焼けのドロドロにはなっていない。


 お好み焼き、成功だ。

 ソース、マヨネーズ、青のり、削り節を重ねる。

 真奈ができたと実感して喜んで、明日香を揺らす。


「あっごめん、佳奈だと思ってつい」


「びっくりした。でも大丈夫です。お好み焼き、成功おめでとうございます。写真撮って結菜に送ります」


 夜の時間が、ゆっくり流れていた。ホットプレートの上で、お好み焼きが焼ける音が、心地よく続いていた。削り節が、蒸気で踊り続けていた。


 ⸻


 お好み焼きを食べ終わると、4人はリビングのソファに身を投げ出した。夜8時。疲労が、確実に体を支配している。


「喜んだら疲れました」


 真奈がつぶやく。


「そうだね、これで今後の家庭科実習も安心できるかな」


 笑いながら美咲も同意する。


 数分の沈黙が続いた。


「明日香ちゃん、いい子だな。勉強のときも静かだしし、邪魔しないし」


 優子が、唐突に言う。


「あ、ほんと? 妹ながら褒めちゃう。いつもは騒がしいのにね」


 美咲が返す。


 明日香は真奈に言う。


「そんな事ないですよ。この前先輩の家でだいぶ騒がしくしてしまいましたし」


「なんかウチの結菜に似てる気がする」


「結菜ちゃんと明日香、同じクラスか」


 美咲が気がつく。


「結菜は1人で本読んでたり、かと思えば体育館で一緒にバスケしたり、緩急がすごいあるね」と明日香が答える。


「何の本、読ん読むんですか?」優子が聞く。


「あ。SFとか読んでる気がする」真奈が答える。


「たまにミステリーとかも読んでるの見たことある」


「へえ」


 明日香がつぶやく。


 また沈黙が続いた。だが、悪い沈黙ではない。疲労の中での、安心感のある沈黙だ。


「でさ」


 美咲が、ぼんやりした声で言う。


「あの映画、昨日見たじゃん。あの二人、あんなに時間がなくて、それでも一緒にいたいって思ってた」


「そっか」


 真奈が応じる。


「今、ウチらは時間いっぱいあるじゃん。こうやって、一緒にいて」


 美咲の声は、まだぼんやりしているが、何か重みが加わっている。


「それって、すごいことなんだな、って」


 明日香も、その言葉に耳を傾けている。


「だから、大事にしたい。こういう時間」


 美咲は続ける。


「今、この時。あ、でも勉強は嫌」


 真奈が、小さく笑った。


「勉強は、時間の無駄か」と優子。


「いや、無駄じゃないと思いたい……」と美咲が言う。


「いや、でも無駄かも。あの映画見た後だと」


 明日香が「でも」と言った。


「でも、お姉ちゃん」


 それは、明日香の声だ。


「え?」


 美咲が聞き返す。


「見てて思ったんですけど」


「何?」


「真奈先輩が、キャベツ切るの、あんなにうまくても。お姉ちゃんが、焼き方、見てくれるから美味しくできた」


 明日香が言う。


「その……何か、すごく、いい……、というか」


「なに言ってんだ」


 美咲が言う。


「いや。一人じゃできないことが、あるってことなんでしょ。もう見た映画の内容教えてよ」


 明日香が続ける。


 真奈が返す。


「そういうことですね。内容は美咲に聞けばいいと思うよ、食い入るように見てたから」


 美咲が「そう、だけど教えない。自分で確認しなよ」と言った。


「だから、大事にしたい。こういう時間。勉強も、お好み焼きも」


 優子が一番時間の有限さ大切さをあの映画で得たのだと思う。


「そうだね、そう思う」


 真奈が応じる。


 明日香が立ち上がる。


「あ、でも、今日はもう寝ます」


「え、もう寝るの?」


 美咲が言う。


「明日、朝早いんで」


 明日香が続けて言う。


「また来てね。勉強のときとか」


「おやすみ」


 その背後で、美咲と真奈は、ソファに身を預けたままだ。


 明日香が去った後、数分の沈黙が続いた。


「明日香、今日はいい子だな」


 美咲が呟く。


「そうですね。そう言い切れる姉の美咲もいいお姉さんです」


 真奈も、同意する。


 リビングの外は、夜の暗さに包まれていた。


 ⸻


「では、続けます」


 真奈が立ち上がった。


「え、勉強?」


 美咲が聞く。


「はい。まだ終わってないので」


 真奈が言う。


「そっか」


 美咲が、ソファから立ち上がった。


「頑張ろう」


「頑張ります」


 2人は、美咲の部屋に向かった。その足取りは、さっきより軽い。

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