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とまらない三姉妹の日常。―最新AIとの共作。そこに魂は宿るのか。心は揺れるのか。その目で見届けて。―  作者: 古咲一和


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長かった夏の一日 後編


「まずはお客さんから入っちゃって」


 佳奈の言葉に甘えて、まずは賑やかな2人が脱衣所へ消えていった。


 1番手・2番手:明日香 & 由果


 浴室から、騒がしい声が絶え間なく聞こえてくる。


「ほら、髪すすいであげるから」と明日香が由果の髪にシャワーを浴びせる。


「熱いって!」


「由果が勝手に温度上げたんでしょ!」


 ぱしゃぱしゃと水の跳ねる音まで混じっている。


 ⸻


 ダイニングでは、真奈、佳奈、理恵、葵の4人が、残っていた麦茶をそれぞれのコップに注ぎながら一息ついていた。結菜はリビングのソファに寝そべってくつろいでいる。


「……あの2人、本当に元気ね」


 真奈が、おかしそうに表情が緩む。


「でも、あの2人がいるから、今日ここまで持ってる気がする」


 佳奈は、さっきまで明日香たちが座っていた椅子をちらりと見た。


「私1人で理恵を呼んでたらさ、もっとお互い肩に力が入ってたと思うんだよね。あの適当さが、いい緩衝材になってるっていうか」


「……わかります」


 理恵が小さく頷いた。


「2人が笑う声を聞くと、難しい問題でも『まあ、なんとかなるか』って思えるんです。不思議ですね」


「ただの能天気ですよ」


 葵がさらりと言った。

 しかし、その奥の目はどこか楽しそうだ。


「ですが……」


 一呼吸置く。


「お2人がペンを動かしているのを見ると、負けていられないとは思います。あの集中力の瞬発力だけは、侮れません」


 その瞬間、浴室から声が響いた。


「シャンプー目に入ったぁ!」


「しっかり目閉じときなさいよ!」


 5人は同時に吹き出した。


 ⸻

 

 明日香と由果がお風呂から出てきた。


「生き返ったー!」


「湯船って偉大……」


 2人は髪をタオルで拭きつつ洗面所へ向かう。その瞬間。


「ドライヤー貸して!」


「私が先!」


 ――始まった。


 佳奈が苦笑する。


「やっぱり取り合いになるか」


 しかし、そこへ葵が脱衣所にすっと割って入った。


「こちらを使ってください」


 葵の手には、もう1台のドライヤーがあった。

 由果と明日香が同時に止まる。


「……え」


「どこから出したのそれ」


「私のです」


 葵は当然のように言った。


「奪い合いになるだろうと家から持参しました」


 一瞬の沈黙。そして明日香が言う。


「用意周到すぎない?」


 由果が笑う。


「これで戦争は回避できたね」


「奪い合いは非効率ですから。それから人が詰まっていますので、ドライヤーはリビングで使ってください」


 葵は淡々としていた。

 そのおかげで、2人はそれぞれ別のドライヤーで髪を乾かすことになった。


「平和……」


 由果が言う。


「葵の勝利だね」


 明日香もうなずく。


 3番手:葵


 そして葵がお風呂へ入っていった。

 浴室の扉が閉まる。すると、家の中が急に静まり返った。


「……葵が入ると急に静かになるね」


 由果が、ドライヤーの風を浴びながら呟く。


「葵は、お風呂の時間すら分単位で計算してそうだよね」


 佳奈が上を見上げて話す。


「葵さんは、いつもあんなにストイックなんですか?」


 理恵が尋ねると、明日香がソファに転がりながら答えた。


「そうだよー」


 そして少しだけ笑う。


「でもね、理恵。葵は、今日をいつもより楽しんでる」


「えっ、そうなんですか?」


「うん、理恵のおかげ」


 明日香はにやりとする。


「葵、自分よりできる人とか、競い合える人がいると燃えるタイプだから」


「私がですか?」


「理恵の解き方見て、さっきから目キラキラしてるもん」


 由果が言う。


「たぶん今、お湯に浸かりながら公式を思い返してる」


 全員、少し想像した。そして。


「ありそう……」


 意見は完全に一致した。


 ⸻


 やがて葵が脱衣所から出てくる。

 髪をタオルで拭きながらも、もう問題集をちらりと見ている。


「早い」


 由果が言う。


「今日は回転率重視です」


 葵は平然としていた。


 4番手:理恵


 そして次は理恵の番だった。

 佳奈がバスタオルを差し出す。


「はい」


「ありがとう」


 受け取ったタオルは、柔らかくて、ほんのりお日様の匂いがした。理恵は少しだけ微笑む。

 浴室の扉が閉まり、シャワーの音が聞こえ始めた。


 ダイニングに残ったのは、真奈、佳奈、結菜、お風呂上がりの葵。そしてリビングでくつろぐ由果と明日香。声のトーンが少しだけ落ちる。


「……葵さんも、理恵さんも、ガッツがあるのね」


 真奈が感心したように言った。


「そうだね」


 佳奈が笑う。


「正直、根を上げるかと思ってた。けど、さすが東出。集中力が落ちない」


 佳奈は、理恵の飲みかけのコップを見つめた。


「理恵ってさ、1回集中し始めると周りの環境が完全に消えるんだよ。リビングであんなに由果たち騒いでたのに、一度も顔上げなかった」


「……あの方は、強いです」


 髪をドライヤーに吹かれながら、葵が静かに言う。


「ただ頭が良いだけではありません。自分の中に通っている芯が、太い」


 そして表情がやわらぐ。


「正直、先ほどの数学の解法……私よりスマートでした」


 葵は続ける。


「悔しいですが、彼女を呼んでくれてありがとうございます、佳奈さん。とても良い刺激になりました」


 真奈が微笑んだ。


「……佳奈、いい友達を見つけたわね」


 佳奈は少し照れくさそうに視線を逸らす。


 ⸻


 5番手:結菜


 やがて理恵がお風呂から上がり、次は結菜の番になる。結菜は静かに立ち上がる。


「じゃあ、入ってくる」


 その背中を見送りながら、由果がぽつりと言った。


「……結菜ってさ、ラスボス感あるよね」


 佳奈が吹き出す。


「どこが」


 明日香がうなずく。


「普段静かなのに、本番で一番強いタイプ」


 真奈が笑った。


「三女ってそういうところある」


 理恵が少し驚く。


「うちの妹は全然そうは見えませんが……。そうですね」

「三女は、生き方が自由です」


 ⸻


 結菜が風呂から上がってきた。


「早いね」


 明日香が言う。


「時短で平均タイムを短くした」


 結菜は淡々と答えた。


「競技なの?」


 由果が笑う。


 6番手:佳奈


 その横で、佳奈が立ち上がる。


「じゃ、次私」


「佳奈、長風呂しないでよ」


 真奈が声をかける。


「わかってる」


 浴室のドアが閉まり、シャワーの音が流れ始めた。

 その瞬間、明日香がくすっと笑う。


「……佳奈ってさ」


「うん?」


「この家のお母さんポジだよね」


「わかる」


 由果は即答した。


「今日の勉強会も、半分佳奈が回してた」


 理恵が少し首を傾げる。


「そう見えますか?」


 明日香が指を折りながら数え始める。


「飲み物出す、休憩タイミング決める、問題選ぶ、空気整える……」


 理恵は思わず笑った。


「なるほど、確かにそうですね」


「佳奈、今日ずっと理恵のこと気にしてたよ」


 由果が、ニヤニヤしながら理恵にささやく。


「『理恵、疲れてないかな』とか、思ってたんじゃないかな。あんなにソワソワしてる佳奈、初めて見た」


「え……」


「佳奈さんは、自分よりも他人のペースを尊重しすぎる時がありますから」


 葵が、補足するように言う。


「でも、理恵さんが楽しそうにしているのを見て、彼女も救われていると思いますよ。……あ、佳奈さんが出てきましたね。この話は内緒で」


 ⸻


 7番手:真奈


 浴室の扉が閉まる音がして、脱衣所に残った湯気がゆっくりと廊下に流れていく。佳奈がリビングにきたあと、少しだけ間を置いて、真奈がのそのそと立ち上がった。


「じゃあ……次、私」


 真奈がお風呂に入っている間、リビングには残りの6人が集まっていた。


 少し雑談が続いたあと、明日香がふと思い出したように言う。


「そういえばさ、真奈先輩、リビングのテーブルで勉強してたよね」


 理恵がうなずく。


「あ、確かに」


 明日香が続ける。


「自分の部屋でやらないんですか?」


 佳奈が「あー」と声を漏らした。


「それね。エアコン壊れてるんだよ」


 葵が驚く。


「え、先輩の部屋?」


「とてもじゃないけど日中は部屋では過ごせない。昼はサウナ」


 結菜が横から付け加える。


「今日はどうやって寝るんですか?」


 佳奈が答える。


「今日はたぶん」


 結菜が先に言った。


「窓全開で寝るんじゃないかな」


 由果が笑う。

 そのとき、葵がほっとしたように言った。


「今日は熱帯夜じゃないみたいなのでよかったです」


「昨日だったら地獄だった」


 結菜も笑う。

 湯気の向こうから真奈の声が届く。


「……扇風機があるから」


 6人が一斉に振り向く。由果が笑う。


 「聞こえていたの?」


 「聞こえてくる」


 佳奈が笑い、声を上げる。


「今日なら自分の部屋で寝られるでしょ」


 真奈は少し考えて言う。


「……たぶん、風次第」


 リビングにまた笑いが広がった。


 ⸻


 午後9時27分


 真奈がリビングに来る。

 全員がさっぱりとしたパジャマやルームウェアの格好で、リビングとダイニングに揃った。石鹸の清々しい香りが、家の中に満ちている。


 大きなTシャツにステテコパンツの真奈は、首元をパタパタと仰ぎながら冷たい麦茶を喉に流し込む。


 隣の佳奈は、清潔感のある半袖短パンのパジャマをきっちり着こなしていた。


 結菜は、中学時代のハーフパンツに使い古したライブTシャツという、家で最もくつろげるスタイルで椅子に深く腰掛けている。


「よし、……お風呂も終わったし、ここからが踏ん張りどころだよ」


 佳奈が力強く宣言した。


 理恵は淡いブルーの襟付きパジャマに身を包んだ。背筋を伸ばし、引き締まった気持ちでプリントを手に取った。


 一方、葵はシンプルな速乾な白のTシャツに黒のショートパンツという、機能的な格好だ。


 その隣の明日香は大きなキャラTシャツにスウェットのパンツ。


 由果はバスケユニフォーム風のタンクトップとハーフパンツを着ていた。


 七人七様のスタイルで、一行は深夜の集中タイムへと足を踏み入れた。


 午後10時14分


 廊下の電気が消え、書斎からも父が寝室へ引き上げる足音が聞こえた。

 家全体がしんと静まり返る中、部屋を仕切る厚手のカーテンがシャッと引かれる。


「ここからが……ラストスパートね」


 佳奈が声を潜めて宣言する。葵は、荷物を持って佳奈の部屋側へと移動した。

 

 佳奈の部屋には、佳奈、理恵、葵のまだ勉強続ける組。

 結菜の部屋には、結菜、明日香、由果の本日は終了しました組。

 2つに分かれた。


 午後11時19分


 外を走る車の音も途絶え、世界が眠りについたかのような静寂。


 理恵は、重くなった瞼をこすりながら、最後の一節をノートに書き込んでいた。

 隣では葵が数式を解き続け、佳奈もペンを置くことはない。


 カーテン1枚隔てた向こう側からも、かすかに紙をめくる音が聞こえる。

 深夜特有の静かな熱気に、全員が呑まれているようだった。


 午前0時


 時計の針が重なると同時に、佳奈が小さく、けれど晴れやかな声を出した。


 「……よし、終了!」


 「お疲れ様……」


 理恵がペンを置くと、指先が微かに震えていた。やり切った、という確かな手応え。

 防音カーテンがゆっくりと開けられる。


 「……終わった?」


 結菜が、眠そうな、けれど満足げな顔を出した。明日香と由果は、もはや机に突っ伏して半分夢の中にいる。


 午前0時9分


 布団が並べられた佳奈の部屋。

 佳奈がスタンドライトのスイッチを切ると、部屋は一瞬で深い青に沈んだ。


「……理恵、まだ起きてる?」


 暗闇の中で、佳奈の低い声が響く。


「うん。……なんとか」


 理恵は天井を見つめた。

 右隣には佳奈、左隣には葵。2人の規則正しい呼吸音が、心地よく重なっている。


 「理恵さん」


 今度は葵が、静かに口を開いた。


 「はい」


 「明日も、また朝からやりますよ」


 「……ふふ。はい、頑張りましょう」


 理恵は、布団の中で自分の胸に手を当てた。

 1人で過ごす夜とは違う。誰かが隣にいて、誰かの気配がカーテン越しに伝わってくる夜。

 それは、隠し味にスパイスを効かせたあのカレーのように、理恵の心をじわじわと、けれど確実に温めていた。


 「おやすみ」

 「……おやすみなさい」

 「おやすみなさい」


 3つの声が暗闇に溶けていく。

 理恵は、明日への小さな希望を抱き締めながら、深く、穏やかな眠りへと落ちていった。



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