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とまらない三姉妹の日常。―最新AIとの共作。そこに魂は宿るのか。心は揺れるのか。その目で見届けて。―  作者: 古咲一和


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雷と1年分のお小遣い


 午後4時ごろ


 真奈は、刻一刻と表情を変える空模様を気に病んでいた。外を見るとまだ雨は降っていないが、そろそろ雨が降り出すと天気アプリが通知してくる。

 空が暗くなってきて、部屋に明かりをつけていないとそれがよりわかる。真奈は佳奈と結菜に指示を出す。


「佳奈、二階の窓を全部閉めて! 結菜は一階をお願い!」


「わかったー」と、気の抜けた返事が戻ってくる。

 真奈はベランダに出る。蒸し暑さがまだある。干していた布団と洗濯物を大急ぎで取り込んでいく。


 最後の一枚を抱え込んだ瞬間、ついに雨が降ってきた。

 大粒の雫が熱を持ったアスファルトを叩き、独特の匂いが立ち上がる。

 真奈は濃くなる雲に天を仰ぎ、逃げるように家の中へ滑り込んだ。

 アプリには大雨と雷の注意報が出ていた。


「全部閉めたよ」と佳奈が降りてくる。

「こっちも閉めた」と結菜がリビングのソファに深く沈み込み、気だるげに言った。


 叩きつけるような豪雨が屋根を鳴らし始める。まだ遠いが、地響きのような雷鳴が低くうなりを上げていた。

 

 真奈は取り込んだ服を追い詰められたような手つきで畳み始める。その指先は、微かに震えていた。


「真奈、大丈夫?」


「べ、別になんともないよ」


 虚勢を張った真奈の声が、情けなく裏返った。


「あー、まー姉無理しなくていいよ。私が畳むから」


 結菜が呆れたように手を伸ばすが、真奈は頑なに手を止めない。


「大丈夫だから、ただ外が暗くなってきて、嫌だなって思ってるだけ。それにほら、雨で少しは涼しくなってくれればいいな、なんて……」


 その瞬間、窓の外が真っ白に弾けた。その後に大気を切り裂くかのような轟音が響く。

 真奈は畳みかけのシャツを放り出し、うずくまって耳を塞いだ。


「……大丈夫じゃないね。相変わらず雷苦手なんだ」


「うぅ、情けないって思ってる?」


 顔を埋めたまま、真奈が消え入るような声でこぼす。


「そんなことないよ、まー姉。雷好きな人なんてそういないから」


「家の中なら安全だって、頭ではわかってるんでしょ?」


 佳奈が言い終わるより早く、再び稲妻が走った。今度は「ピッシャーン!」となにかが弾けるような鋭い音が直後を追いかけてくる。


「ヒィッ……! 安全ってわかってる。でもダメなの。お願いカーテン閉めて!」


 ほーいと結菜が立ち上がり、リビングのカーテンを閉める。外の光が遮られ部屋が真っ暗ではないが、部屋の中は不鮮明になる。


「明かりつけたほうがいい、それともこのまま暗いほうがいい?」

 

 佳奈が優しく聞く。


「明かりはつけて。ダイニングのも」


 部屋が眩しく照らされる。

 ようやく真奈は顔を上げた。

 

 でも、雷は鳴り止まない。盛大に大気を揺らし続けている。

 真奈はまた伏せる。今度は取り込んだ布団に顔をうずめて、耳も覆う。


 それでも足りないのか、雷が落ちるたびに小さく悲鳴を上げた。


「あっ、いいものがあるよ。ちょっと待ってて」


 結菜が自分の部屋から、ノイズキャンセリングヘッドホンを持ってきた。これでマシになるかもよと真奈に手渡す。ただ、結菜はこう付け加えた。

 

「これ、私の1年分のお小遣いで買ったやつだから、絶対壊さないでね」


 真奈は一瞬躊躇った。妹の宝物を借りるのは申し訳ないという気持ちと、長女としてのプライド。

 だが、そんな葛藤を頭上で炸裂したような激しい雷鳴が粉砕する。


「結菜、ごめん……借りるね!」

 

 真奈は急いでヘッドホンを装着した。


 ノイズキャンセリング機能が起動すると、耳が少し圧迫される感覚があった。

 しかし、驚くほど世界が急に静かになった。

 雨音も、風も、そして何より恐ろしい雷の音も、深い静寂の中に沈められていく。完全に消えたわけではないが、耳に聞こえる音はかなり削がれている。

 真奈はそのまま、吸い込まれるようにソファに横たわった。


「……大丈夫?」

 

 佳奈の唇が動いているのが見えるが、何を言っているのか判別できない。真奈は恐る恐る、片方のイヤーカップをずらした。

 

「なに、今なんて言ったの?」


「そんなに聞こえないものなの。大丈夫かって聞いた」


「うん、大丈夫。地震みたいな衝撃波は体には感じるけど。だいぶいいよコレ、ほとんど無音になる。すごい」


「そうでしょそうでしょ、最近のノイキャンは進化がすごいんだよ。大枚を叩く価値はあるよこのヘッドホン」

 

 結菜は得意げに、人の声を聞く時の操作方法を真奈に教える。

 佳奈はダイニングテーブルの椅子に座り、スマートフォンで何か調べているのか、何かやり取りをしているのか。三姉妹の中で唯一、いつも通りの空気を保っている佳奈の姿は、パニックに陥っていた真奈にとって大きな救いだった。


 雷は相変わらず鳴り続けていた。でもヘッドホンの中では、静寂が真奈を包んでいた。安心感が眠気を誘い、いつしか深い眠りに落ちていた。



 目が覚めると柔らかいブランケットが掛けられていた。

 ヘッドホンを外してみる。雨は降っているが雷鳴は遠ざかったようだ。カーテンを開けてみると空が明るくなっていた。


「起きた?」

 

 結菜が寄り掛かっていたソファから身を起こしながら聞く。


「何時?」


「もう6時過ぎ。雷は東に行ったみたい」


 佳奈がダイニングから声をかける。


「ごめんね、結菜。ヘッドホン、ありがとう。助かった」


「別にいいよ。役に立ったなら」

 

 結菜はヘッドホンを受け取ると、当たり前のように首にかけ直した。

 

 真奈は、自分がどうして雷が怖いのか、改めて考えることはしなかった。理論派を自称する自分も、感情の前には無力なのだということをただ受け入れた。そして、そんな自分を支えてくれる妹たちがいることに、改めて感謝した。


「ご飯、何か作ろっか」と佳奈が言う。


「まー姉は禁止ね」と結菜が即座に付け加える。


「わかってる」と真奈は笑った。


 外はまだ雨が降っていたが、部屋の中は再び日常に戻ろうとしていた。


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