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とまらない三姉妹の日常。―最新AIとの共作。そこに魂は宿るのか。心は揺れるのか。その目で見届けて。―  作者: 古咲一和


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19/29

動かない背景と、動く出費


  午後1時20分

 

 リビングに午後の光が斜めに差し込んでいる。カーテンは半分だけ閉じられていて、テレビは消え、家の中は妙に静かだった。


 父がノートパソコンを閉じ、伸びをする。書斎から出てきて階段から呼びかける。


「おーい、結菜。少し環境変えて仕事したいからショッピングモールに行くんだが、一緒に行くか」


 階段の上から足音がして、結菜が顔を出した。


「うん、いいよ」


 返事はあっさりしている。深く考えた様子もない。


 そのやりとりを、キッチンにいた真奈は聞いていた。 

 包丁を持つ手が、止まる。


「……は?」


 低い声。


 続いて、2階のから佳奈も顔を出す。


「なんで結菜だけ?」


 階段の踊り場で、佳奈が腕を組んで仁王立ち。まるで尋問官みたいな目つきと態度だ。


 父は一瞬きょとんとした。


「いや、たまたま近くにいたから」


 キッチンから声を出す真奈。


「近くにいたからって、理由として弱くない? 距離の話ならキッチンにいた私の方がお父さんに近かったけど」


「私も家にいますけど」


 真奈の声は静かだが、温度が低い。


 結菜は着替えて部屋から出て階段を降りる。途中で立ち止まり、困ったように2人を見る。


「別に、そんな大した話じゃ……」


「大した話じゃなくても、選んで呼んだのは結菜なんだよね」


 佳奈が小さく笑う。笑っているけれど、目が笑っていない。


 真奈は父と結菜の距離を測るみたいに視線を動かしている。


「……なんで結菜だけ?」


 今度は真奈が言う。声は低い。


 父は少し困ったように頭をかく。


「結菜は静かだからな。一緒にいても邪魔しないし」


 その一言で、空気が固まった。


「……へぇ。邪魔、なんだ」

 

 真奈が包丁を置き、ゆっくりと手を拭く。タオルをかける動作一つさえ、どこか儀式的で恐ろしい。

 

「お父さんにとって、私たちは『仕事に邪魔な存在』ってことね」


「いや、そういう意味じゃなくて……」


「じゃあ、どういう意味?」


 佳奈が階段を降りてくる。トントン、という軽い足音が、今はカウントダウンの音に聞こえた。


 結菜は階段の途中で立ち尽くしている。

 自分が原因みたいになっていることに、うっすら気づいている。


「結菜は静か。私たちは、そうじゃない。つまり、うるさい私たちがついていくと、お父さんの大事なお仕事の邪魔になっちゃうから、誘わなかった。……正解?」


「そんなことはない……」


 沈黙が落ちたまま数秒。

 父は観念したように息を吐いた。


「……わかった。じゃあ、4人で行くか。どうせ仕事するだけだし、やる作業は変わらん」


 その言葉に、真奈と佳奈が同時にわずかに眉を上げる。


「最初からそう言ってくれたらいいのに」


「交渉成立です」


「じゃ、準備してくる」


「私も」


 2人は階段を上がり、結菜を追い越して各自自分の部屋に行く。姉2人の様子を見て、父は肩をすくめる。

 結菜はほっとしたように小さく笑った。


「……静かじゃなくなるな、今日は」


 結菜は靴を履きながら、ぽつりと言った。


「でも、4人の方が楽しいよ」


 父は苦笑しつつ、車の鍵を手に取った。


「はいはい。じゃあ行くぞ3人とも」


 家の中に、さっきまでの重さが嘘みたいに軽い空気が戻っていた。



  午後1時50分


 駐車場はそこそこ混んでいた。自動ドアが開くと、冷房の風と甘い匂いが一斉に流れ込んでくる。


 人の声、足音、BGM。


 非日常というほどではないが、家とは違う空気だ。


「じゃあ、私はフードコートで仕事するから。5時くらいにフードコートに来てくれ」


「はーい」


 結菜が素直に返事をする。

 真奈は小さくうなずくだけ。

 佳奈は父の背中をじっと見ている。


 父はノートパソコンの入ったバッグを肩にかけ、フードコートの方へ歩いていった。


 3人だけが残る。


 少しの沈黙。


「……で?」


 佳奈が結菜に向き直って言う。


「どういうこと?」


「なにが」


 結菜はとぼける。


「なんであんたなの」


「たまたまだって」


 真奈が静かに口を開く。


「たまたま、ね」


 その言葉は短いけれど、重い。


 結菜は視線をそらした。


 父といるときの自分は、少しだけ楽だ。話さなくてもいい。気を張らなくてもいい。そのことを、姉たちは知らない。

 けれど、今ここでそれを言うのは違う気がした。


「服、見る?」


 結菜が話題を変えようとする。

 佳奈は一瞬むっとした顔をしたが、すぐに息を吐いた。


「……私達もフードコートに行こうか、なんか飲もう」



 「ちょっとトイレ行ってくる」


 と結菜が言い、人混みに消えていった。


 その背中を見送ったあと。

 真奈と佳奈は、なぜか自然とフードコートで、テーブルを挟んで向かい合って座っていた。父からは微妙に見えない位置。絶妙な死角。



真奈:ねえ佳奈。どうして私が怒っているのか、わかります?


佳奈:さあ。真奈さんは、あまり怒っているようには見えませんけど。


真奈:そう見えますか。


佳奈:ええ。実際どのくらい怒ってるんです。


真奈:……あなたに「アスパラの肉巻き」を一本多く食べられたときくらい怒ってます。静かに、しかし深く。


佳奈:それは重罪ですね。家庭裁判所レベルです。それで? お父さんにぶつけますか、その怒り。


真奈:こらえます。


佳奈:怒りは胸の奥で熟成させるタイプですね。


真奈:いつかは吐き出さないといけません。ただし、お父さんが私たちをどこかに誘ってくれたら、このメーターも少しは下がるでしょう。家の時から比べたらだいぶ回転数は下がってます。


佳奈:なるほど。怒りの回転数はレッドゾーンからは少し下がったわけですね。……ところで、そもそも何に怒ってるんですか。


真奈:お父さんが気分転換にショッピングモールで仕事をするのに、私たちは誘わず、結菜だけを名指しで連れて行こうとしたことですよ。


佳奈:ああ……それなら私も聞いた瞬間、レッドゾーンに入りかけました。


真奈:でも、分かってます。その怒りは無駄です。誰にぶつけても得はありません。


佳奈:お父さんにぶつけたら。


真奈:今後お出かけには呼ばれなくなりますね。だからしません。


佳奈:結菜にぶつけたら。


真奈:ただの八つ当たりです。


佳奈:分かっていますよ。誘われたら、アイドリングできますけどね。今2500回転くらいです。


真奈:それにしても、結菜への贔屓は否定できません。


佳奈:まあ、末っ子で可愛いからでしょう。


真奈:それなら同じく可愛い私たちも呼ばれるはずです。


佳奈:……「可愛い」だけではない、ということですよ。


真奈:つまり私たちに足りないものがあると。……結菜にあって、私たちにないもの。


佳奈:逆に、私たちにあって、結菜にないものならあります。


真奈:……何ですか。


佳奈:うるさいところです。


真奈:……。


佳奈:たぶん、それだけではありません。


真奈:どういう意味ですか。


佳奈:お父さんの仕事中に口出ししそうでしょう。「その資料、明朝よりゴシックの方が映えるんじゃない? このグラフ見にくいから変えたほうがいいよ」とか。


真奈:……確かに。お父さんもその場は我慢はするでしょうけど、次から誘われませんね。


佳奈:その点、結菜は違います。テーブルの反対側で本かスマホを黙ってみてるだけです。


真奈:あの騒がしい状況であの静寂の集中力……将来は職人ですね。


佳奈:だから結菜は”動かない背景”。私たちは”動く雑音”。


真奈:でも別に、張り付く必要はないでしょう。


佳奈:と言いますと。


真奈:お父さんが仕事中、私たちは別行動でモールを回ればいいのよ。視界に入らず、時間だけ共有。


佳奈:なるほど。放し飼い方式。


真奈:お父さんがパソコンを叩く間に、私たちはコスメを見て、スイーツを食べ、服を一着くらい試着していれば、あっという間よ。


佳奈:……真奈さん。今、はっきり分かりました。


真奈:何が。


佳奈:お父さんが仕事している間、私たちはモールを回りますよね。その時に一緒に移動するものがあります。


真奈:なんですか。


佳奈:父のカードです。


真奈:……気づいた?


佳奈:結菜は”背景”。私たちは”動く出費”。


真奈:経済を回そうとしているだけです。


佳奈:その経済、私たちにはまだ早いです。本当の怒りの原因は、結菜のせいじゃなくて、自分たちのせいじゃないですか。うるさいかカードを使い込むかで。


真奈:……そうかもしれません。それでお父さんと距離感が結菜とは違うのかもね。


真奈:でも、お父さんの仕事が終わる頃には、私たちのメーターもクールダウンしているはずよ。


佳奈:代わりにカードの利用額がレッドゾーンに突入しますけどね。


真奈:……じゃあ、やっぱりアスパラの肉巻きの恨み、お父さんにぶつけてくる。


佳奈:だから、それはお門違いです! それは、食べた私に向けてください。今日なんでも奢りますから。


真奈:奢ってくれるんだ。佳奈のお金で?


佳奈:父のカードで。


真奈:……レッドゾーンですね。


二人:どうもありがとうございました。


「お姉ちゃんたち何やってるの」


 結菜がジュースを持って、真奈と佳奈を見下(みおろ)す。


「ちょっと父と結菜のことで議論があってね」

 


 ショッピングモールの通路は明るく、床はぴかぴかに磨かれている。ガラス越しに並ぶ春物の服。ポップな色合いのポスター。


 真奈はちらりと結菜を見る。

 父に誘われたときの、あの素直な返事。

 自分はあんなふうに言えるだろうか。


 悔しい、というより――置いて行かれた感じ。


 遠くで、フードコートのざわめきが聞こえる。

 父はきっと、パソコンを開いている。


 その距離を意識しながらも、各々(おのおの)行きたいお店に散り散りになった。

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