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とまらない三姉妹の日常。―最新AIとの共作。そこに魂は宿るのか。心は揺れるのか。その目で見届けて。―  作者: 古咲一和


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畳にほどける時間

 畳にほどけていく、三姉妹の穏やかな昼寝の時間。日常の何気ない光景が、かけがえのない時間になる。


 午後2時を少し回ったころだった。


 父の書斎は、リビングの奥にある和室である。引き戸を開けると、畳の匂いがふわりと立ち上る。昼の光をたっぷり吸った畳は、どこかぬくもりが残っている。


 真奈が、音を立てずに引き戸を開ける。


「お父さん、ちょっといい……あれ、いない」


 主のいない部屋に、畳の匂いだけが充満している。その清々しさは、どこかの旅館ようで、真奈の警戒心をふっと解いた。「ここに枕があれば完璧なのに」――そう思ったときには、もう体が畳へと吸い寄せられていた。


 座布団も使わず、そのまま膝をつき、ゆっくりと身を横たえる。背中に伝わる編み目の感触が、驚くほど優しい。障子越しの光がやわらかい。

 昼下がりのいちばん眠くなる時間帯の光だ。


「いい香り……ちょっとだけ……」


 そう言ったきり、声は続かなかった。呼吸が、ひとつ、ふたつと深くなっていく。


 父に頼まれた書類を届けに来たのだが、先客の姿を見て小さく苦笑する。父の書類に一瞬だけ目をやってから、真奈の隣に腰を下ろした。畳に手をつくと、指先にざらりとした感触が返ってくる。草の匂いが、ほんの少しだけ濃くなる。


「なんでこの時間に来ると、こうなるんだろ。気持ちよさそうな真奈を起こすのは無慈悲かな」


 独り言のように言いながら、佳奈も横になる。

 真奈との距離は、拳ひとつ分。天井を見上げると、障子越しの光がゆっくり揺れている。風に合わせて、影が伸びたり縮んだりする。それを目で追っているうちに、佳奈の瞬きは少しずつ長くなっていった。


 結菜が戸を開ける。部屋の空気を一度、胸いっぱいに吸い込んでから、一番陽の当たる場所にごろんと転がる。


「あ、ここが一番いい、暖かい」


 畳は、ほかよりも少し温かい。障子越しの光が、頬に当たる。目を閉じると、まぶたの裏がうっすら明るい。昼の家は、音が少ない。遠くで聞こえる生活音が、かえって安心させる。

 三姉妹は、川の字を少し崩したような形で、畳の海に身を委ねる。

 畳の匂い。部屋にこもった昼の暖かさ。やさしく差し込む陽の光。3人の呼吸が、いつの間にか揃っていく。


 廊下を歩く父の足音が、書斎の前で止まった。引き戸をほんの少しだけ開ける。来た順番のまま眠る3人の姿を見て、父は思う。


(これは無理だな……3人を起こすのも悪いし、他のところに行くか)


 書斎で作業するには、空気が静かすぎる。キーボードの音一つで、この穏やかな空気が壊れてしまいそうだった。父は戸を閉める前に、障子の位置を少しだけ直す。光が、誰の目にも直接当たらないように。それだけして、書斎を後にした。


 台所でコーヒーを淹れ、ダイニングでパソコンを開く。午後の時間は、静かに進んでいった。


 やがて光の色が変わる。白かった部屋が、ゆっくり橙を帯びていく。台所で母が鍋に火を入れると、出汁の匂いが家の中に広がった。


 その匂いに、最初に反応したのは真奈だった。音を立てないように体を起こし、まだ眠る2人を一度だけ見て、部屋を出る。


 次に佳奈が目を覚ます。

 最後に結菜が目を開けた。

 3人が廊下に出たころ、父が台所から顔を出す。


「よく眠れたか」


「よくあそこで仕事できるね。絶対寝るよ」


 結菜が言うと、父は「慣れだな」と笑った。実際には、父もあの部屋の魔力に負けてしまう日があるのだが、それは娘たちには内緒のことだ。


 キッチンからは、トントンと小気味よいまな板の音が響いている。昼寝から覚めたばかりの身体は、どこか浮き世離れした感覚があるけれど、このお出汁の匂いが意識をゆっくりと「日常」へと繋ぎ止めてくれる。


 佳奈が自然に袖をまくって手伝いに入り、結菜が箸を並べ始めた。


 父は母の横に立ち、鍋の中の味噌汁を一口味見した。


「今日の味噌汁、上手いな」


「いつもと同じだよ」


 母は微笑む。

 父は「さっきは3人共、書斎で折り重なって寝てたんだ」と小さく報告した。

 母は「まあ」と声を弾ませて、娘たちへ愛おしげな視線を送る。


「3人とも、本当に気持ちよさそうに寝ていたよ」


「お父さん、それ、わざと起こさなかったでしょ」


「せっかくの昼寝を邪魔する勇気はなかったよ」


 全員が席に着くと、湯気の上がる食卓に「いただきます」の声が重なった。


 特別な話題はない。ただ、あの書斎での静かな時間が、家全体に優しさをもたらしているようだった。


 賑やかな笑い声を聞きながら、母はそっと目を伏せて、胸の奥で小さく呟く。


(いつかこの子たちが家を出て、それぞれに忙しい日々を送るようになっても。ふとした瞬間に、この畳の匂いと、優しい光のことを思い出してほしい)

 

 それは、目に見えないけれど、何よりも確かな「お守り」のような記憶。


「……お父さん、さっき『慣れだ』なんて言ってたけど。実はあなたも時々、私に隠れてあの畳の上で丸まっているのよ?」


 母が茶碗を差し出すと、娘たちの視線が一斉に父に集中した。


「お、おい……それは……畳の質がいいからだな」


 父の苦しい言い訳に、食卓は弾けるような笑い声に包まれた。


 食事が終わり、3人はそれぞれ満足そうな顔で自分の部屋へ戻っていった。


 窓の外では、夕焼けが深くなっていく。父は片付いた食卓を見つめ、あの光景を思い出す。


 畳の上で無防備に寝息を立てる娘たち。それは、子どもたちが成長していく過程での、ほんの一瞬の休息。儚くて、だからこそ尊い。


 だから父は、あの時、障子をそっと直したのだ。彼女たちが安らかに眠れるように。その静寂を、自分が守るために。


 母は微笑む。父もまた、その横顔を見つめた。夜の帳が下りる前の、静謐で確かな幸せ。特別な言葉を交わさずとも、その空気は確かに、愛で満ちていた。

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