表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とまらない三姉妹の日常。―最新AIとの共作。そこに魂は宿るのか。心は揺れるのか。その目で見届けて。―  作者: 古咲一和


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/29

金曜日の刺身

今回は真奈の特技が光ります。

金曜日の刺身


「ただいま」


「おかえり」


 金曜日の夕方、佳奈が玄関を開けると、台所で真奈が刺身を引いていた。包丁が静かなリズムでよく動いている。


 リビングのソファで、結菜が数学の問題集を広げたまま、何やら真剣な顔でスマホを見ている。


「結菜、勉強してるの?」


「うん。でも今はプロテインバー選んでる。糖質10グラム以下で、タンパク質15グラム以上のやつ


「……勉強は?」


「してるよ。でもおやつも大事だし」


「……おやつへの執着は認めるけど、ノート白紙だよ」


 佳奈が鞄を置いて台所を覗くと、真奈がまな板の前でアジを捌いていた。三枚におろされた切り身が、見事なまでに均一な厚さで並んでいる。横にはマグロとイカも置かれていた。


「真奈、それ……」


「お刺身。今日スーパーでアジが安かったから。それとマグロとイカも」


 真奈の手つきに迷いはない。包丁が滑らかに動き、薄造りにされたアジが次々と皿に盛られていく。マグロは厚めの切り身に、イカは半透明の薄さに仕上げられていった。


「すごい……」


「うん? ああ、切るのは得意だから。……よし、次は『土台』ね」

 真奈は手早く大根を手に取ると、流れるような手つきで桂剥きを始めた。薄い大根の帯が、指先からするすると溢れ出す。それを細く刻んで冷水に放つと、シャキッと立った純白の「つま」ができあがった。


 続いて、鮮やかなオレンジ色のニンジンを極細の「けん」に仕立てていく。白と(だいだい)が混ざり合い、それだけで食卓がぱっと華やぐ。仕上げに、冷蔵庫から出したばかりのみずみずしい「大葉」を、刺身の間に差し込んでいった。


「うわあ、綺麗……」


「白とオレンジに、大葉の深い緑。このコントラストがないと、せっかくの刺身が死んじゃうでしょ?」


 真奈は満足げに、皿の上に「風景」を描いていく。

 中央には紅いマグロ、その横に透き通るイカ。そして端には、銀色に輝くアジ。

 それらが真っ白な大根と鮮やかなニンジンの上に鎮座し、大葉の緑が全体を力強く引き締めている。


 佳奈は複雑な気持ちでその様子を見つめる。料理はからっきしなのに、包丁さばきだけは本当に一級品なのだ。


「まー姉、今日はお刺身?」


 結菜がリビングから顔を出す。


「そう。今日はアジとマグロ、イカの三種盛り」


「じゃあ安全だね」


「安全って……」


 真奈が少し不満そうな顔をした。


「だってまー姉の料理、火を使わなければ完璧だもん」


「火を使う料理だって、ちゃんと作れるようになりたいんだけど……」


 佳奈は冷蔵庫からお茶を取り出しながら、姉の横顔を見る。

 真奈は本当に諦めが悪い。というか、諦めるということを知らない。

 だからこその頼りになる姉なのだけれど。


「そういえば、お父さんは?」


「書斎。今日締め切りらしい」


「お母さんは?」


「夜勤。もう出かけた」


 つまり今夜は三姉妹だけ。


 真奈が張り切るのも無理はない。


真奈が少しだけ肩の力を抜いて、それでいて「姉」として張り切る時間。


「ご飯まだじゃん、私がご飯炊くね」


「ありがとう、佳奈」


 真奈が笑顔で答える。その笑顔を見て、佳奈は少しほっとした。

 以前の真奈なら、きっと「私だってご飯くらい炊ける」と張り合っていただろう。でも今は違う。


 家族にはそれぞれ得意なことと苦手なことがある。

 真奈は切るのが得意で、火を使うのは苦手。


「ねえ、薬味は何がいい?」


「わさび」


「大葉も欲しい」


 リビングから結菜の声が飛ぶ。


「大葉はもう敷いてる」


 大葉の上にイカを置く様子は、まるで花を活けているようだった。


「佳奈、味噌汁作ってくれる?」


「いいよ。何入れる?」


「豆腐とワカメで」


「オッケー」


 佳奈が味噌汁の準備を始めると、結菜もリビングから台所に入ってきた。


「私は何すればいい?」


「テーブルの用意、お願い」


「はーい」


 結菜が食器棚から醤油皿と茶碗とお椀、そして箸を並べていく。

 その背中を見ながら、佳奈はふと思った。


「結菜、最近また背伸びた?」


「えっ、そう? 測ってないからわかんない」


「絶対伸びてるよ。佳奈より5センチくらい高くない?」


 真奈が楽しそうに言う。


「そんなに!?」


「冗談。でも3センチくらいは違うかも」


 佳奈は少しムッとしたが、すぐに笑ってしまった。

 前だったら本気でへこんでいたはずなのに。


「まあいいよ。結菜は運動好きだし、伸びるよね」


「佳奈も伸びるよ。女子でも高校から伸びる人いるって」


「そうだといいけど」


 3人で手分けして夕食の支度を進める。

 真奈の刺身、佳奈の味噌汁とご飯、結菜のテーブルセッティング。

 それぞれが、できることをやる。


「できた!」


 真奈が満足そうに、刺身の盛り合わせを持ち上げた。

 アジの薄造り、マグロの厚切り、イカの透き通った薄さ。

 まるで料亭のような一皿だった。


「すごい……」


「これ、写真撮ってもいいレベルだよ」


 結菜がスマホを構える。


「ちょっと、刺身を撮るの?」


「だってインスタ映えするもん」


「インスタやってないでしょ」


「やってないけど、映えは大事」


 3人で食卓を囲む。

 ご飯と味噌汁、そして真奈の刺身。

 シンプルだけれど、どこか温かい。


「いただきます」


 3人で手を合わせる。


 佳奈がアジを一切れ口に運ぶと、甘みがふわりと広がった。

 マグロは濃厚で、イカはコリコリとしている。


「おいしい、アジと大葉すごい合うね。わさびも安定の美味しさ」


「でしょ?」


 真奈が嬉しそうに笑う。


「真奈、やっぱり刺身職人になればいいのに」


「職人……それもいいかも」


「本気にしないでよ」


 佳奈が慌てると、真奈は「冗談よ」と笑った。

 そのとき、書斎のドアが開き、父が顔を出した。


「おっ、夕食の時間か」


「お父さん、仕事終わったの?」


「もう少し。ひと段落して、休憩」


 父は刺身を見るなり目を丸くした。


「これ、真奈が切ったのか?」


「うん。今日はアジとマグロ、イカ」


「すごいな。料亭みたいだ」


「でしょ? まー姉は刺身だけは本当に上手なんだよ」


 結菜が誇らしげに言う。


「じゃあ一切れもらっていい?」


「いいよ」


 父は箸を伸ばすと、透き通るようなアジの薄造りに、たっぷりの薬味を添えて口に運んだ。


「……っ、これはすごい。身が締まっていて、甘いな」


 目を細めて味わう父の表情を見て、真奈の頬がゆるむ。


「醤油のつけ具合も、この厚みだからこそ引き立つ。真奈、この『引き』の技術は、ちょっとやそっとじゃ真似できないぞ」


「お父さん、褒めすぎだよ」


「いや、本当だ。このアジを食べると、一週間の疲れが吹き飛ぶよ」


 父は嬉しそうに、今度はマグロに手を伸ばした。


「なら良かった……」


 真奈が照れたように言う。


「刺身専門店『真奈』とかどうだ?」


「やめてよ、恥ずかしい」


 そう言いながらも、真奈の顔は赤く、どこか嬉しそうだった。


「でも真奈、次は煮魚にも挑戦したいんでしょ?」


「うん。でも……やっぱり刺身も好きかな」


「好きなことを極めるのは、いいことだよ」


 父はそう言って、また箸を伸ばす。


「お父さん、食べすぎ」


「いいじゃないか。こんなにおいしいんだから」


 父は三切れほど食べて満足して、コーヒーを淹れて、書斎に戻って行った。


 窓の外では、春の夕暮れが静かに深まっていく。

 金曜日の夜、三姉妹が囲む食卓。

 特別なことは何もない。でも――。


「ねえ、明日の朝ごはんは?」


「パンがいい」


「私も」


「じゃあパンね。真奈、パンは焼かないで」


「……わかってる」


 少し拗ねた顔で、真奈はマグロを一切れ口に運んだ。


 佳奈は姉の横顔を見つめながら思う。

 真奈は、料理が上手なわけじゃない。

 でも、刺身を切らせたら本当に見事で、

 包丁を動かすその横顔は、いつだって家族のことを考えている。


 三姉妹の夜は、笑い声とともに、ゆっくりと更けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ