第82話 スピアノの婚約
王都から戻ってきて数日が経った日のこと、久しぶりにスピアノが訪ねてきた。
「ガーティス子爵様、お久しぶりでございますわ」
「スピアノ嬢わざわざどうしたのかね」
急に訪ねてきたスピアノに、子爵が理由を尋ねている。
「ええ、わたくし、婚約が決まりましたの。お隣の領地ですから、ちょっとお知らせに参りましたのですわ」
「わざわざ来るのかね」
「ええ、イジス様に無理やり迫ろうとした負い目がございますのでね」
子爵が対応に困っていると、スピアノは正直に全部答えていた。
「それで、イジス様とモエさんにご挨拶をしようと思いましてね。お会いすることはできますでしょうか」
「ああ、今なら自室にいるはずだ」
「ありがとうございますわ」
対応してくれた子爵にお礼を言うと、スピアノは侍女と一緒にイジスの部屋へと向かう。
イジスの部屋までやってきたスピアノは、ノックをして中へと呼び掛ける。
「イジス様、失礼致します。スピアノでございますわ」
「スピアノ嬢?! 入っても構わないよ」
スピアノの来訪に驚いてはいたが、イジスは快く部屋へと通す。
「お邪魔致しますわ」
中へと入ったスピアノは、きれいなカーテシーをする。少々強引なところはあるが、さすがは伯爵令嬢といったところだ。
「スピアノ様、ようこそいらっしゃいました」
イジスの仕事を手伝っていたモエが、立ち上がって挨拶をしている。モエを見たスピアノはどことなくほっとした表情をしている。
「モエさんもお元気そうでなによりですわ。申し訳ございませんですけれど、ちょっとお話はよろしいでしょうか」
「それは構わないよ。モエ、飲み物とお菓子を頼むよ」
「畏まりました」
イジスに言われて、一度部屋を出ていくモエ。
スピアノを応接用のソファーに座らせると、イジスはその正面に座った。
「どうしたのかな。急に改まって」
イジスはスピアノに理由を尋ねている。だが、スピアノは理由はすぐに答えなかった。
「モエさんが戻ってこられてからお話致しますわ。彼女も聞く資格がございますのでね」
「そうか、分かった。では、戻ってくるのを待とうか」
しばらく黙り込んだまま向かい合う二人。
準備に手間取ったのか、モエが戻ってくるまで少々時間がかかりすぎてしまったようだ。
「申し訳ございません、お待たせ致しました」
モエは部屋に戻ってくるなり、時間がかかったことを謝罪している。
「急に来たのですから、謝るのはわたくしの方ですわ。ささっ、モエさんもお掛けになって下さいな」
紅茶を淹れながらそのように言われて、モエはびっくりしている。イジスに顔を向けると座りなさいという顔をされたので、モエは紅茶を淹れ終えるとおとなしく座ることにする。
その際、イジスが自分の隣を指し示してきたのでものすごく迷っていたようだったが、客人を出迎える側なのでやむなくそれに従った。
「それで、スピアノ嬢。訪ねてきた理由は何なのかな?」
イジスは単刀直入だった。
だが、スピアノも落ち着いていたので動じない。
「ええ、わたくし、婚約が決まりましたの」
「それはおめでたい。お相手はどちら様かな」
淡々と受け答えをするイジスである。
「わたくしのジルニテ領のお隣、パーカス侯爵様の四男とでございますわ。わたくしが一人娘ですので、向こうが婿入りという形となります」
「パーカス侯爵領。それはまた大きな相手ですな」
「ええ。四男とはいえ、侯爵家とのつながりができるのは、我が領にとっては大きなことでございます」
「しかし、なぜこちらに報告を?」
わざわざ伝えに来た意図が分からないといったところである。
「それがですね、同時に次女様がおいでになりますのよ。わたくしたちについてこちらに来ることもございますでしょうから、以前のわたくしのようにイジス様を狙ってくるかもしれませんわ」
「……なるほどね」
スピアノが伝えてきた内容に、ものすごく納得のいくイジスである。
納得すると同時に、ちらりとモエへと視線を向けている。突然視線を向けられて、モエは思わずびっくりしてしまっていた。
「イジス様の婚約者がモエさんだと知ると、おそらくあの方は執拗に蹴落とそうとしてくるかもしれませんわね。婚約の話の際にお会いしましたが、性格が悪そうでしたわ」
スピアノが困った顔をしている。スピアノに言われるということは、よっぽどなのだろう。
「わたくしがこう伝えるということは、大体お察しいただけますかしらね」
「忠告、ありがたく受け取っておくよ」
イジスとスピアノの会話が理解できないのか、モエはものすごくどう対応していいのか困っている。
「パーカス侯爵家は、亜人に対してはまだまだ理解が乏しいですからね。なので、私も少し婚約には躊躇しましたの。ですが、貴族の令嬢である以上、親に言われては受け入れるしかございませんわ」
大きなため息をつくスピアノである。
「お相手が決まったのはいいのですが、ジルニテ家はガーティス家との付き合いがございます。ですので、事前にお知らせに参りましたの。わたくし、モエさんのことは気に入っておりますので」
「スピアノ様……」
スピアノが微笑みかけると、モエは嬉しそうに頭を下げていた。
話が終わるとスピアノは帰っていく。
婚約はめでたい話なのだが、どうも面倒な相手のようだった。
これは早急にモエとの結婚を急いだ方がいい、そう思うイジスなのだった。




