第83話 パーカス侯爵家兄妹
カラカラと街道を移動する馬車。その馬車は、貴族の中でもなかなかに派手な装飾が施されていた。
「隣とはいえ、あの貧乏貴族の家かと思いますと、少し憂鬱ではございませんこと?」
馬車の中で座る令嬢が、目の前の男性に話し掛けている。
「ねえ、お兄様」
目の前の男性を兄と呼ぶ女性。
「これから向かう場所に対して、ずいぶんと酷い評価をするものだな」
顔を上げて、令嬢の顔をじっと見つめる男性は、不意に小さく微笑んだ。
「貧乏貴族とはあまり好ましくない言葉だぞ、パティ」
「本当のことではございませんか。土いじりをするような貴族、貧乏といわずしてなんといいましょうか」
「だが、ジルニテ領は豊穣の地。甘く見てはいけないよ」
目の前のパティと呼んだ令嬢を見ながら、諭すように話をする男性。
「人間誰もが、食べずにはいられない。その食糧を供給してくれている領地のひとつが、これから向かうジルニテ伯爵領なんだ。ましてや、この僕と婚約する令嬢の土地なんだよ。かの領の悪口は、僕の悪口にもなる。謹んでおくれ」
男性にこう言われると、令嬢はぐっと押し黙るしかなかった。
あくまでジルニテ領の悪口だけのつもりが、兄の悪口となるといわれてしまえば、それは令嬢の意図したところではないからだ。
「僕の興味は、ジルニテ領よりもその隣のガーティス領だね。目立った産業もない癖に、そこそこ潤っているあの場所が不思議でならないよ」
「ガーティス領で、ございますか?」
令嬢の表情が、なにやら戸惑ったような表情に変わっていく。
「ああ、あそこは亜人が多いとも聞く。そんなものがいるくせに潤っているなど、おこがましいと思わないかい?」
「思いますわね。亜人など、人にあらずですわ」
「まあ、亜人の多いところは魔物も多い。その魔物の産物が珍しいから潤っているのだろうね」
「野蛮な土地ですわね」
どうやら、この二人からはガーティス領の評価は本当にずたぼろといったところである。どうしてそこまでひどく言えるのだろうか。
「まったく、婿入り先の隣の領とはいえ、ずいぶんと気の滅入る話だ。今までは間にジルニテ領があったから無視できたが、そのジルニテ領の隣となると無視ができなくなるな。ああ、実に憂鬱だ」
「本当ですわね!」
二人がガーティス領をけなすことで盛り上がっていると、馬車の扉が叩かれる。
「どうした」
急なことだったので、慌てたようにして反応をしてしまう男性。
「間もなくジルニテ伯爵領に入ります。ジルニテ伯爵様はガーティス子爵様と仲がよろしいですので、それ以上の悪口は控えた方が賢明かと」
外からそんな風に言われてしまう。どうやら馬車の外にまで丸聞こえなくらいの大声になっていたようだ。
これには兄妹そろってびっくりである。
「そ、そうか。しかし、本当に聞こえていたのか?」
「は、しっかりと……」
護衛に聞き返すと、歯切れが悪そうに答えが返ってきた。
「そ、そうか。気を付ける」
「はい。わたくしどもは無視できても、さすがにここからのことを思いますと……。ですので、差し出がましくもご注意させて頂きました」
「いや、僕たちも悪かった。忠告助かったよ」
「はっ! それでは、引き続き周囲の警戒を行います」
護衛との話が終わると、男性はふうっと息をつく。
「少々ばかり熱くなってしまったようだな。ジルニテ伯爵のご令嬢スピアノ嬢は、隣のガーティス子爵家とは仲がよいと聞く。婚約者になったからには、僕も少し気を遣わなければならないな」
「それにしても分かりませんね。私たちパーカス侯爵家とジルニテ伯爵家とは、隣り同士とはいえ考え方が大きく異なります。その間でこのような婚約を結ぶなど、お父様の考えがよく分かりませんわ」
「ぶっちゃけてしまえば、我が家の余りものを差し出して、ジルニテ伯爵家からの便宜を図るつもりなのだろう。ジルニテ伯爵領の小麦は、我が家にとっても生命線だからね」
「そうなのでしょうか。よく分かりませんわね……」
男性の言葉に、令嬢は表情を歪ませていた。まったく理解できないといったところだろう。
「まあいいじゃないか。スピアノ嬢は適齢期でありながらいまだに独り身。僕も四男で相手がなかなか見つからない。互いの悩みが一致した上での便利な解消法だ。愛情もないもないが、家の悩みが解消されるのならそれに越したことはない」
「お兄様はそれでいいですわよ。問題は私です。なんで私がご一緒することになるのですか」
男性の方は割り切った考えを持っているようだが、妹である令嬢の方はどうもすっきりしていないようである。
「おそらくだが、父上はジルニテ拍車領の隣のガーティス領までも狙っているのだろう。確かに気に食わないところはあるが、あそこは王家からも目をかけられている場所だからね。そこを狙っているということなのだろう」
「理解できませんね」
「父上には父上の考えがあるのだよ。パティ、今は我慢だ」
「しょ、承知致しましたわ、お兄様」
なんだかよく分からないけれど、親がいうのだから仕方がないと、令嬢も無理やり納得しようとしているようだった。
ジルニテ伯爵領の領都に向けて、馬車はゆっくりと進んでいくのだった。




