第81話 王都から戻りて
建国祭も終わり、モエたちはガーティス領に戻ってくる。
「おかえりなさいませ、旦那様、イジス様」
使用人一同が領地に戻って来た子爵たちを出迎える。
「出迎えご苦労。グリム、報告を部屋で聞こうか」
「はっ、承知致しました」
子爵が留守番をしていた家令に命じて、一緒に私室に戻っていく。留守にしていた間の領地の様子を確認するためだ。
移動していく子爵たちを見送り、使用人たちも持ち場に戻ってしまい、イジスとモエは二人取り残される。
「わ、私たちも移動しようか」
「そ、そうですね、イジス様」
なんとなく間に気まずい雰囲気を漂わせながら、イジスとモエはイジスの私室へと移動していった。モエの頭の上にはルスが乗っているのだが、そのことをすっかり忘れている二人なのであった。
部屋に戻り、外套を脱いだイジスはモエに手渡す。モエはしっかりとしわを伸ばしてハンガーに掛けておく。
イジスは椅子に座ると、大きく深呼吸をしている。
「まったく、王都というのはいつ行っても息が詰まるな。モエを連れて行ったことと、スピアノ嬢のおかげで寄ってくる令嬢がほとんどいなかったのはよかったんだけどな」
「そうなのですね。そういえば、学生時代はよく言い寄られたそうですね」
「ああ、自分でいうのもなんだが、顔はいいらしくて、それが令嬢たちに人気だったとかでね。まったく、心休まる時はなかったな」
椅子に大きくもたれ掛かり、当時を思い出して少々暗い気持ちになるイジスであった。
「左様なのですね。そうです、お茶でも淹れてきましょうか」
「ああ、軽くつまめるものも頼むかな。食事の時間まで時間があるんだが、ちょっと小腹が空いてしまっているんだ」
「畏まりました。それでは、少々お待ち下さい」
透明になったルスを頭に乗せたまま、モエはぺこりと頭を下げて部屋を出ていく。あれだけ頭を下げられても乗っかったままで耐えるルスである。よっぽどモエの頭の上が気に入っているようだ。
しばらくすると、紅茶に茶菓子を持ってモエが戻ってくる。
ところが、その内容を見てイジスが表情を険しくしていた。
「モエ」
「なんでしょうか、イジス様」
少し不機嫌なトーンに、思わずぎょっとしてしまう。
「モエ、カップが足りない。菓子の量も少ない。もしかして、私だけが食べると思ったのか?」
「あら、違いましたでしょうか」
きょとんとした顔で確認するモエだが、その反応を見たイジスは顔を押さえている。
なにか変なことを言っただろうかと、モエは少々慌ててしまう。
顔を上げたイジスは、モエに話し掛ける。
「あのな、モエは私の婚約者だぞ。君も一緒に口にするに決まっているだろうが」
眉をハの字にしながら話すイジスの姿に、モエは戸惑いが隠しきれなかった。まだまだ婚約者となった実感がないのである。なにせ、服装はメイド服なのだから当然というものである。
しかしだ、イジスにそう言われてしまえば行動せざるを得ないモエである。
「失礼しました、それでは取って参ります」
再び慌てて出ていくモエを、イジスは微笑ましそうな表情で見つめていた。だが、慌てているモエはまったくそれに気付いていなかったのである。
使用人たちの部屋では、子爵たちが戻ってきたことでちょっと話が盛り上がっていた。
中でもモエと同じ亜人のメイドであるビスとキャロは、モエとイジスの二人の様子の変化に気が付いているようだった。
「やっとあの二人はくっつきそうですね」
「そうなのにゃ。まったく、ようやくって感じですにゃ」
救出されてからというもの、ずっとお屋敷で働いていた二人は、屋敷の中の人物たちの機微をかなり敏感に感じ取っていたようである。
王都へ向かう前と戻ってきた後のイジスとモエの間の変化を、しっかりと感じ取っていたようだった。
「イジス様はモエのことを最初から大事に思っていたみたいだし、モエもようやく自覚が出てきたってところでしょうかね」
「ですにゃあ。モエ先輩ってどことなく鈍いですからにゃ」
すました顔で話すビスに対して、キャロはにんまりとした顔で嬉しそうにしている。
「マイコニドという亜人が貴族と結婚すれば、私たちの境遇はよくなるのでしょうかね」
「それは分からないですにゃあ……。とはいっても、ガーティス子爵様のお屋敷の中では境遇はいいですのにゃ」
「そうですね」
水を飲みながら、ほっとひと息をつくビスである。
「ほら、二人とも。まだまだ仕事は終わっていませんよ。休憩を終えたのならすぐに仕事にかかって下さいね。旦那様たちが戻られて普段通りの仕事に戻るのですから」
「承知致しました。すぐにでも取り掛かります」
先輩メイドに声をかけられて、ビスははきはきと答える。対照的にキャロは少し嫌な顔をしていた。
「うげぇ、仕事は嫌ですが、仕方ないのですにゃ」
水を飲みほした二人は、立ち上がって仕事に戻っていく。
子爵たちが戻って来た屋敷の中だが、使用人たちの日常はあまり変わりはないのであった。
今日も使用人たちは、屋敷の中を慌ただしく駆けずり回っているのである。




