第80話 正式に決定ですかね?
「お言葉は嬉しいのですが、私は気持ちの整理ができておりません」
モエは、第一声として返す。
「マイコニドの集落から出てきて、森で迷って暴漢に襲われていたところを助けていただいたのは感謝しております。それどころか、こうやってお屋敷に招かれてメイドをさせていただいたことも」
モエの目が忙しそうにあちこちに動いている。泳いでいると表現が似合いそうなくらいにせわしない。
だが、肝心のイジスに関する気持ちの答えはまだ告げられていない。目の前ではイジスやその両親が、モエにじっと視線を向けて答えを待っている。
イジスたちからの視線に、モエはいよいよ耐え切れないといった感じになってきた。視線はまったくイジスたちに向かないし、エプロンを触る手もまったく落ち着きがなくなっている。
待ちきれなくなったのか、イジスがモエに近付いていく。その動きに気が付いたのか、モエの視線がイジスに向けられる。
「い、イジス様?!」
イジスがモエの顔を両手で挟んで自分の方へと固定させる。
「モエ、細かい理屈はどうでもいい。私のことをどう思っているのか、それだけを答えてくれ」
「そ、それは……」
自分に向けられるイジスの真剣な表情に、モエははっきりと困り果てていた。
モエの中には、自分が亜人のマイコニドであることと使用人であるメイドという立場であることで、イジスに対して引け目を感じているのだ。こんな自分でいいのかと。
ところが、イジスの視線からはそんなの関係ないという意識がひしひしと感じられる。だからこそ、モエはますます困ってしまっているのだ。
顔を両手でがっちり固定されながらも、モエは視線をしばらく左右に逸らし続ける。
これ以上は引き延ばしていられない。イジスのどこまでも真っすぐな瞳に、モエもいよいよ覚悟を決めたようだった。
「私は、イジス様のことをお慕いはしております。それが恋愛的な感情かはどうかはまだ分かりませんが、恩義は感じております」
マイコニドにしてはずいぶんといろいろ難しい言葉も知っているようだ。これも子爵家での生活が長くなってきたせいだろうか。
「そうか。まだそのくらいなんだな……」
モエからの答えを聞いて、少しがっくり来るイジス。
イジスの手がモエの頬から肩へと移動する。モエは戸惑ったように目でイジスの手の動きを追いながら、最終的には顎を引いて怯えた上目遣いでイジスを見る。
「モエ、君がどう思おうと、私はモエ以外を妻に迎えるつもりはないぞ。絶対に君を振り向かせる」
モエの目を見てはっきり言い切る。告白以外のなにものでもない言い方だった。
「い、イジス様……」
イジスからの真剣な告白に、モエの顔は真っ赤になっていた。
「わふっ」
モエの頭の上では、姿を消したままのルスが嬉しそうな声を出していた。
「あらあら、ルスちゃんってばずっとそこにいたのね」
子爵夫人が思わず笑みをこぼしてしまっていた。
「うむ、はっきりと言いたくないようだが、モエもイジスのことを好意的には見ているようだな」
ガーティス子爵がモエに近付いてくる。
「だ、旦那様?」
思わずびっくりしてしまったモエは、イジスに肩をつかまれながらも一歩引いてしまう。
「モエ、君を正式にイジス・ガーティスの婚約者として発表する。形式上はこれまでの通りメイドではあるが、様子を見て貴族教育を受けてもらうからな」
「え、ええっ?!」
大声で驚くモエ。対照的にイジスの表情は実ににこやかである。
はっきりいって、亜人の扱いは平民以下である。その亜人を家に迎え入れるとなると、他の貴族からの非難は避けられないだろう。それだというのに、ガーティス子爵は体裁よりも息子の気持ちを優先したのである。
親ばかといえばそれまでだろう。だが、ガーティス子爵たちからしても、モエの存在はそのくらいに特別なものなのである。
驚き冷めやらぬ中、モエはちらりちらりとイジスたちの顔を見る。どう見ても、子爵たちは本気のようだ。
「しょ、承知致しました。マイコニドのモエ、その提案を受け入れます」
逃げられないと感じたモエは、イジスの婚約者という立場を正式に受け入れたのだった。
「モエ、ありがとう」
「きゃっ! い、イジス様?!」
次の瞬間、イジスがモエを思いきり抱き締めていた。
モエの正面では、イジスの両親が嬉しそうな笑顔を浮かべて、微笑ましくモエとイジスの姿を見つめている。
イジスに抱きしめられたモエは、顔を真っ赤にしてはいるもののまんざらでもないといった様子。
結局、しばらくこのままモエはイジスに抱き締められた状態が続いたのだった。
子爵たちの目論見通り、モエは正式にイジスの婚約者となった。
そもそも、モエを建国祭に連れてきたのはそれが目的だった。イジスをめぐる他の令嬢の動きを牽制するというのは、建前だったのだ。
これからのモエは、イジスの専属メイド兼婚約者という立場になる。
はたして、ここからすんなりイジスはモエを妻に迎えることができるのだろうか。
モエの気持ちの整理がまだまだ不十分な状態なので、まだまだ波乱は起きそうなのであった。




