最終話 幸せはそこに
マッシュとルスはどうにか無事だった。すぐにイジスたちが加勢に入る。
「マッシュ、ルス、大丈夫?」
魔物たちに飛び掛かっていくイジスや魔獣たちをよそに、モエは二人を心配している。
「ああ、大丈夫だ。くそっ、俺の胞子じゃ、あまり弱体化できなかったみたいだな。数が全然減りやしねえぜ……」
「わうう……」
マッシュもルスも悔しそうだ。
「いや、これだけの数相手にほぼ無傷なら大したもんだ。大したやつだよ、君は」
「へへっ、そりゃどうも」
モエのことが気になってどうしても離れられずに戻ってきたイジスがマッシュを褒めている。モエを取られた相手とはいえ、マッシュも悪い気がしないのか笑っているようにも見える。
「モエ、ここは頼むぞ」
「はい。イジス様は?」
「私は、こいつらを片付ける。次期当主として放っておけるわけがないからな」
イジスの決意に満ちた表情に、モエは力強く頷いている。
「このガーティス子爵領内で、お前たちにこれ以上好き勝手はさせぬ。父上たちが到着されるまでは、私たちが相手だ!」
剣を握りしめ、イジスは再び魔物たちへと向かって行く。
「えいにゃーっ!」
「獣人の力、舐めないで下さい!」
キャロとビスも魔物にまったく怯むことなく、攻撃を仕掛けている。二人とも素手だというのにかなりの強さを誇っている。
「アオーンッ!」
「ピエーーーッ!」
魔獣たちも魔物相手に果敢に攻めていっている。ガーティス子爵と息子であるイジス、それとモエたちに恩を感じているからだ。
数体がかりで魔物を攻撃するなど、連携を取ってじりじりと魔物たちを撃退している。なんとも頼もしいかぎりである。
「グオオーーンッ!」
魔獣たちに苦戦している魔物たちは、唯一の人間であるイジスに狙いを変えて突撃を仕掛けてくる。ところが、イジスもやる時はやる。
「甘いな。凍てつけ!」
ガーティス子爵家に受け継がれる氷属性の魔法が炸裂する。
イジスに向かってくる魔物たちは凍れる地面に足を取られ、動きを封じられてしまう。
「クエエエッ!!」
地面がだめなら空中からと、別の魔物が襲い掛かってくる。
「甘いにゃあっ!」
空飛ぶ魔物へキャロが飛び掛かり、拳で空飛ぶ魔物を地面に叩き落としていた。
モエにも攻撃を仕掛けようとするが、モエの胞子で回復しつつあったマッシュとルスに邪魔される。
こうして時間を稼いでいる間に、ガーティス子爵が編成した兵士たちが到着し、魔物氾濫は鎮圧へと向かっていったのだった。
「よし、片付いたな」
子爵たちが合流してからの制圧まではあっという間だった。さすがは何度も魔物氾濫に見舞われてきただけのことはある。手慣れた感じで魔物を仕留めていっていた。
「大丈夫だったか?」
「はい。この通り、無事でございます」
「さすがは父上。私はまだ足元にも及びませんな」
イジスはガーティス子爵の前に跪いている。
「まだお前は若い。だが、お前にも守るべきものができたであろう?」
ガーティス子爵に言われると、イジスはモエの方を見る。顔を向けられたモエは、恥ずかしそうに赤くなりながらイジスを見て微笑んでいる。微笑みを返されたイジスも、負けないくらい顔を真っ赤にしていた。
「かーっ、実に見てらんねえな」
「まったくだな」
こうは言いながらも、ガーティス子爵もマッシュもおかしそうに笑っていた。
魔物の処理をしている兵士たちもにやにやと笑いながら作業を続けており、イジスとモエは恥ずかしそうにその場で動けずにいたのだった。
―――
それから一年後のことだった。
その日の朝は、イジスはまったく落ち着かない様子だった。
「イジス様、少しは落ち着かれたらどうですか」
「これが落ち着いていられるというのか、ランス」
何度も執務机の前を行ったり来たりである。立ち止まる様子はまったくない。
イジスと護衛のランスとの間で険悪な雰囲気が漂い始めた時、廊下から慌てた足音が聞こえてくる。
その音が聞こえてくると同時に、イジスの動きもぴたりと止まる。何やらわくわくした様子で扉の方へと視線を向けていた。
ノックもなしに扉が開くと、イジスが反応する。
「産まれたか!」
「は、はい。双子の赤ちゃんでございます」
入ってきたメイドが告げると、イジスはすぐさま走り出していた。
「こら、イジス。待たないか」
「わ、若旦那様?!」
唐突に走り出したイジスを、ランスはすぐに追いかけていった。
「モエッ!」
勢いよく扉を開けて叫ぶイジス。そこにすぐさま肉球パンチが飛んでくる。
「うるさいにゃ。静かに入るのにゃ」
「慌てる気持ちも分かりますけれど、赤ちゃんがびっくりしちゃいますし、モエさんにも負担がかかります。イジス様、次やったらつまみ出しますからね?」
キャロは腕を組んでうずくまるイジスを睨み付けているし、ビスも頬に手を当てながら冷たい微笑みを向けていた。
「す、すまない……」
顔を押さえてうずくまるイジスは、痛みに耐えながら謝罪していた。
「そ、それで、生まれた子はどこに?」
「こちらですよ、イジス様」
出産を終えたばかりのモエが答えている。
「無理するんじゃないにゃ」
「そうですよ。今は安静にしませんとね」
モエが答えていると、ビスとキャロから怒られていた。そのくらいにはモエが消耗していたのだ。
モエの隣には、生まれたばかりの双子の赤ちゃんが寝ている。
「男女の双子ですよ。女の子の方は若奥様と同じで頭に笠を持っておいでです」
「そうか。それぞれ私たちに似たんだろうな」
「はい。そうみたいです」
にっこりと微笑むイジスとモエである。
二人様子を見ながら、産婆にその場を任せて、キャロとビスは部屋を出ていく。
しばらくの間、二人はそこで一緒になった自分たちの子を眺めていた。
「イジス様、私、幸せですよ」
「ああ、私もだ」
確かな幸せが、そこにはあったのである。
――完