焼き魚
扉が閉まって足音が小さくなっていく
部屋に僕一人だとなんとなく寂しい気持ちになってくる
「えっと、まず服を脱いで…」
気を取り直して教わったことを口に出しながら確認していく
特に問題もなく、浴槽に浸かるまで迷わずに行えた
全身が温かいお湯に包まれると
身体の力が抜け、気が緩むのを感じる
水の流れる音だけが響いている
僕は目を閉じて今日の出来事を振り返った
結局、何も思い出せることはなかった
もし仮にドーラに助けてもらえなければどうなっていただろう
お互いの名前を決めた時、辺りは暗かった
星明りの届かない暗い森に一人でいる自分を想像すると
身体が震えるほど怖かった
身体が温まり、額に汗も浮かんできた
そろそろお風呂を上がっても良い頃合いだろう
浴室である程度水滴を落としてから脱衣所に移動する
棚の上にあるタオルを手に取り、上から順番に拭いていった
此処までは教わった通りに出来た
さて、服は何処にあるんだろう
残された工程は新しい服を着るだけだ
そう言えば服は何処にあるか聞いてなかった
念のため浴槽も見たけど見当たらない
何かあれば呼んでいいと言っていたので
少し迷った末、大声でドーラを呼ぶことにした
「ドーラー!服ってどこにあるかなー!」
「あー!持ってくの忘れてたのじゃー!
ちょ、ちょっとだけ待つのじゃー!」
大声で服の場所を聞くとすぐに返事があった
それから間を置かず、バタバタと走る音が聞こえる
勢いそのままに扉が開き、ドーラが服を持ってきてくれた
「普段わしが着ないから忘れてたのじゃ」
「ありがとうドーラ。…ドーラ?」
「…これが…オスのアレじゃ…」
ドーラは固まり、僕のある一点を見ているようだ
視線の先を辿ると、おそらく僕の股の間だ
じっと見られると恥ずかしくてタオルで隠す
するとドーラは我に返ったのか、慌てふためいた
「す、すまないのじゃ!…は、初めて見たから、つい…
…服は此処に、こっちに置いとくのじゃ!」
慌てた様子で服を置き、勢いよく扉が閉まった
バタバタとした足音が遠ざかり、静寂が訪れる
ドーラの慌てる姿が珍しくて一人で少し笑ってしまった
服を着て広間に戻ると料理を運んでいる所だった
ドーラはお風呂での出来事を引きずっているのか
僕を見るなり頭を下げて謝ってきた
「…さっきは、その…すまなかったのじゃ…」
「あはは。僕は全然気にしてないよ」
「…怒ってないのじゃ…?」
僕は笑いながら頷いた
ドーラは心底ほっとしたように、胸に手を当てて深く息を吐いていた
夜の食事はスープと焼き魚だった
焼き魚の香ばしい香りが食欲を刺激してお腹が大きく鳴った
魚は美味しいけれど小骨が多いらしく、食べるのが難しいそうだ
ドーラに教わりながらゆっくりと食べ進めた
「ドーラは魚を食べるのが上手だね」
「…くふふ…そうじゃろ?」
一見すると簡単そうに骨を取り除いていたが、実際にやると難しい
僕の魚の骨には身が残ってさらにバラバラに散らばっているが
ドーラの魚の身がほとんど残っておらず、それに綺麗だった
続いてスープを口に運ぶと今朝よりも美味しく感じる
聞けば丁重に下拵えをした芋を入れてあるそうで
僕が気に入ったと伝えるとすごく嬉しそうだった
…。