私の服
冷えきった身体が、一瞬で熱くなった。
昔話の感傷も何もかも、色々考えていた事が全部消えた。
今はただ、主さんの体温を感じていたかった。
ドーラさんはしばらくの間、静かに待っててくれた。
名残惜しさを感じながら、ゆっくり離れる。
「…どうじゃった?裸で抱き着く方がよいじゃろ?」
「…うん…すごく落ち着くの…」
「グラも服なんて着ずに暮らしたらどうじゃ?」
「…それはちょっと…でも、心配してくれてありがとうなの…」
私がお礼を伝えると、ドーラさんは嬉しそうに笑った。
その提案はドーラさんなりの冗談だってわかってる。
まだ、心臓はうるさいくらいにドキドキしてる。
「主、わしにもじゃ」
「おいで、ドーラ」
ドーラさんは慣れた様子で主さんに抱き着いた。
二人は抱き合うだけじゃなくて、キスもして、
ドーラさんは時々、主さんの首や肩に甘噛みしていた。
見てていいのかわからないけど、目が離せない。
久しぶりにドーラさんとの"差"を見せつけられた気がする。
「…やっぱり、ドーラさんはすごいの…」
「何がじゃ?」
「…主さんにあんな事できて…」
「今度、グラもしてみればよいのじゃ」
「…き、気持ちだけ受け取っとくの…」
一応想像してみたけど、恥ずかしすぎる。
でも、おかげで元気になれた。
二人に感謝しながら、水浴びを終えた。
それから何日か経って、皆の服もほとんど完成した。
後は細かい装飾を魔女さん達が作り、それを付ければ終わり。
「無事に完成するのは嬉しいけど、魔女無しで作れるか不安になってきた」
「小物なら大樹に帰った後でも作っても良いよ」
「本当か?」
「ああ。ただし報酬は弾んでもらうよ」
「…服が出来そうだからって急に強気だな…。
まぁ、完成品を見てから決めるよ」
魔女さんは綺麗な生地を使って、花の形をした物を沢山作った。
造花と呼ばれた偽物の花は、雇われた森人の女の子を虜にしていた。
それを見本だと言って、全員にあげていた。
「…私にもいいの…?」
「ついでにね。グラにだけあげないのも気分がよくない。
ほら、ついでのついでに、フィーにもあげるよ」
「売ってもいいか?」
「ハハッ。好きにしなよ」
フィーさんは流石だなって思った。
私は貰った花を持ち帰り、リーフさんに見せる事にした。
リーフさんは他の森人の子同様に、とても興味を惹かれていた。
「…見て、これ魔女さんが作ったの…」
「どれですか?わぁ!なんですかこれ!」
「造花だよ。余った生地で作ったんだけど、上等だろう?」
「いいですね、これ…」
「これなら大樹に帰った後でも作れるし、フィーが買い取ってくれそうだ」
私が貰った花はリーフさんにあげた。
遠慮してたけど、やっぱり欲しかったのか最後は受け取ってくれた。
その事を、水浴びの時に魔女さんに謝った。
「…貰った物をあげちゃって、ごめんなさいなの…」
「いいよ。リーフも喜んでいたからね。
森人はやっぱり花が好きなんだろうね。
グラも欲しかったらまた作ってあげるよ?」
「…いいの…?…じゃあ、ひとつだけ…」
「素直になったね。良い事だ」
昔の私ならきっと遠慮してただろうねって、魔女さんに笑われた。
確かにそうかもしれない。
私を変えてくれたのはきっと皆。
もっともっと、恩返しがしたいって改めて思った。
また数日経過して、魔女さんも納得する服が完成した。
小さな装飾がいくつも施され、手間も暇も、お金も沢山掛かってる。
本当に、今までのお手伝いだけでこれを貰っていいんだろうか。
そんな不安が過るほど、素敵な衣装になっていた。
「うーん。これは想像を超えるいい出来だ。
だけど思ったより高額になるだろうね…」
「別に装飾を減らしたっていい。
その気になれば本物の花で代用したっていいから、その分は安く済む」
「なるほどね?他に何かないか?」
また私がモデルになって服を着た。
それを見ながら、魔女さん達はああでもないこうでもないと、
お金の事とか削れる手間とか、難しい話を重ねていた。
着てる服に目線を落とす。
前に着た時よりふわふわしてて、可愛くて私には勿体ない。
でも、これは私ぴったりのサイズに作った、私専用の服。
嬉しくて、つい笑みが零れる。
一緒に服を手掛けてくれた森人の子が褒めてくれた。
その子もお金を貯めて、自分用の服を作りたいんだと言った。
自分で稼いで、自分で生地を買って服を作り、
街かどこかで私のように旦那さんを見つけて、この里に帰って結婚式がしたい。
そう、眩しい笑顔で言った。
私なんかをそんな羨ましそうな目で見なくてもいいのに。
と、反射的に思いそうになったけど、
優しい皆に囲まれた今の私は幸せだから、
少しだけ、羨ましがられてもバチは当たらないかもと思い直した。
これで、私達はいつでも結婚式が出来る準備が整った。
主さんの服については魔女さんも悩んでいたけど、
そっちはリーフさんが任せて欲しいと言ったから、任せる事にしたみたい。
「さて、服は作り終わったが契約は忘れてないね?」
「ああ。私抜きで服が作れるようになるまで教えるよ」
「流石魔女だ。
今日から魔女抜きで一着完成するまで付き合ってもらうよ」
「いいけど、明日と明後日は休むよ。主くんと過ごしたいからね」
「まぁ仕方ないね。
グラはどうする?服は手に入れたし、仕事を辞めてもいいけど」
「…せっかくだから、お仕事したいの…」
私の答えに、フィーさんは嬉しそうに笑った。
確かに服は手に入れたけど、働ける機会なんてもう無いかもしれない。
欲しい物なんて他にないけど、皆の役に立つなら続けたい。
「…でも私も明日と明後日は休むの…」
「はいはい。どいつもこいつも坊やの事ばっかりだね。
…一度、私も坊やと話してみたくなった」
「…好きになっちゃダメなの…」
「これから結婚しようとしてる男に惚れるわけないだろ?
お前達、今から帰るんだろ?私も付いて行こうかな」
特に断る理由もなく、フィーさんを連れて家に帰った。
フィーさんは家に着くとドーラさんやリーフさんに挨拶して、
主さんに話があると表に連れ出した。
その様子を、玄関からじっとドーラさんが見つめ、
リーフさんが耳を澄ませて会話を聞いていた。
「どうじゃ?何話してるか聞こえてるじゃ?」
「聞こえますよ。
だいたいお礼ですね。主さんのおかげで街で商売ができそうだって」
「ほー。わざわざ礼を言いにくるなんて、フィーは良い奴じゃな」
「結構その辺しっかりしてるんですよ」
それから少しして、フィーさんは帰っていった。
途中、リーフさんは真剣な顔をしていたけど、
それについては何も教えてくれなかった。
「…そういえば、主さんの服ってどうなったの…?」
「え?ふっふっふ、当日までのお楽しみです!」
「…ずるいの…気になるの…」
「まぁまぁ。主さんにだって私達の衣装は秘密なんですから」
「リーフはわしにも教えてくれないのじゃ」
「…そうなの…?」
「…まぁ、私も知らないんですけどね」
主さんの服はいつの間にか帰ってきたリーフさんのお父さんに頼んであるらしい。
リーフさんのお父さんは行商人で、まだ一回も見た事が無い。
どうやら、主さんに会いたくないようで私達を避けているようだ。
「お父さん、私が結婚するのが寂しいみたいなんですよね」
「どうせこの里に居ないから一緒じゃろ?」
「気持ちの問題なんじゃないですか?
まぁどれだけ寂しくても、私は主さんと結婚しますけど」
主さんに会いたくないけど、娘の為に何かしたい。
だから服の件は任せて欲しいと、そう言われたそうだ。
魔女さんもそれは初めて聞いたらしく、笑っていた。
…。




