夜に飛ぶ鳥
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もうすぐ夜になるからと、彼女に起こしてもらった。
慌てて空を見ても、僕には変化がわからない。
でも彼女がそう言うのだから、きっと間違いないのだろう。
昨日の夜に見た風景を思い出す。
確かに星空は綺麗だった。
でも寒くて寂しくて、とても怖い場所だった。
それがこれから僕を襲うのだと思うと、
勝手に下を向いて、空から目を背けていた。
僕は夜に向き合う気持ちの準備すら出来ていない。
「さて、そろそろ帰るのじゃ」
途方に暮れていると彼女が立ち上がった。
夜が来るだけじゃなく、彼女ともお別れなんだ。
なら眠らず、ずっと話していればよかった。
もっと彼女の声が、沢山聞きたかった。
いや、別れを惜しんでる場合じゃない。
これが最後なら、お礼を言うべきだ。
それはわかる。
でも、どうしても俯いたまま、彼女の顔が見れなかった。
「…もしかして、まだ眠たいのじゃ?
眠くても、大樹まで頑張って帰るのじゃ」
その言葉に顔を上げると、彼女と目が合った。
彼女は不思議そうに首を傾げて笑っている。
「どうしたのじゃ?」
「…僕も、一緒に帰っていいの…?」
「当たり前じゃろ?
置いていったりしないのじゃ」
そう言って、僕に向かって手を差し伸べた。
その手に軽く触れると、力強くギュッと掴んで、立ち上がらせてくれた。
この温もりは、何にも代えがたい。
そう強く思った。
「…ほんとに、ありがとう…」
今度はお礼を言えた。
彼女は満足そうに笑って、一緒に大樹への帰路につく。
その途中、彼女は何もない森の真ん中で、ふいに立ち止まった。
「あそこを見るのじゃ」
「どこ?」
「指の先じゃ」
彼女は木の上の方を指差した。
彼女の指の先を追って目を凝らすと、数匹の鳥を見つける事が出来た。
「あ、何か動いた」
「あれは夜鳥と言う名前の鳥じゃ」
「夜鳥…」
あの鳥は夜にだけ飛ぶらしい。
なので、あの鳥が集まり始めると夜が来る合図になるそうだ。
群れで行動するらしく、
もうすぐ沢山集まってくると彼女が言った。
彼女が言った通り、少し待つだけで一匹、また一匹と姿を現した。
それが思ったよりも増え続け、見てるだけで面白い。
しばらく夢中になって眺めていると、静かに彼女が歩き出していた。
遅れて気づき、早足で追いかける。
追いつくと彼女は"夜鳥を知っていたか"と、そんな質問をしてきた。
「ううん、知らなかったよ。
忘れてるだけかもしれないけど…」
「どんな種族も、絶対に教わる事じゃ。
夜鳥を見かけたら、その森から逃げるようにって。
…絶対、必ず、そう教わるって、魔女がそう言ってたのじゃ…」
「どうして?」
「…。」
彼女は一度もこっちを見ないまま話を続けた。
夜鳥は夜にしか飛ばないから、日中は眠り続けて無防備だ。
だから天敵に襲われ放題で、一時期絶滅する勢いで数を減らした。
だけど、彼らは生き残るために知恵を付けた。
誰もが恐れる種族の近くで暮らせばいいんだと。
それが自分なんだと、寂しそうに教えてくれた。
夜鳥の話の後、彼女は大樹に着いても何も話さなかった。
だから僕から、玄関前で俯き、立ち止まる彼女に話しかける。
「ねぇ、君の名前はあるの?」
「…わしの名前じゃ…?」
「あれは夜鳥っていう名前の鳥でしょ?
なら、君にもあるんじゃないかと思ったんだ」
「…今の話を聞いて、わしが怖くないのじゃ…?」
「僕は怖くないよ」
彼女はゆっくり僕を見た。
そして深く息を吐いた後、申し訳なさそうに、
それでも少しだけ嬉しそうに、名前は無いと言った。
「あ、でも魔女はわしをドラと呼んでいたのじゃ」
「ドラ?」
「半分ドラゴンじゃから、ドラじゃ」
姿は大きく変わってしまったけど、ドラゴンの特徴は多く残っている。
半分人の形、半分のドラゴン。
ドラゴンの半分、だからドラ。
「名前と呼んでいいかわからないけど、そう呼ばれてたのじゃ。
でもまぁ、御主の好きなように呼んで欲しいのじゃ」
「ほんと?ちょっと考えてもいい?」
名前と言うにはそのまますぎると思った。
好きに呼んでいいと言ってくれたから、何か考えてみたい。
でも、記憶がないのが仇になって、何も思い浮かばなかった。
今日教えてもらった物の名前しか頭に浮かんでこない。
諦めきれずに考えていると、空はどんどん暗くなって、夜鳥が増え続けた。
やがて、それらが一斉に飛び立った。
想像を超える数の夜鳥が空を覆い尽くし、鳴き声を上げた。
その鳴き声は遠くまで響き、森全体に木霊するようだ。
その音に合わせ、自然に口が動く。
「…ドー…ラ…」
「ドラじゃ?魔女と一緒じゃ」
「…ううん。少し伸ばして"ドーラ"って呼びたい。
ドーラって、君をそう呼んでいいかな」
夜鳥の長く透き通る鳴き声を聞いて出てきた名前。
正直、ドラとほとんど変わらない。
でも、僕は彼女をドーラと呼びたくなった。
「…ドーラ…。…ドーラ…、…ドーラ…」
彼女は響きを確かめるように何度も名前を呟いた。
それがあまりに長くて、
気に入らなかったのかもと不安になっていたけど、
突然、彼女は、ドーラは叫び出した。
「…気に入ったのじゃ!わしは今からドーラじゃ!」
ドーラははしゃぐように両手を上げて、満面の笑みを向けてくれた。
気に入ってくれた様子に僕もホッとする。
だけど喜んでいたのも束の間で、ドーラは急に静かになった。
そして、暗くなった空を見上げ始めた。
夜鳥の時のように何か見えるのかと、僕も隣に移動して空を見た。
でも、目に映るのは暗くなった空だけだ。
「…御主は、なんて名前だったんじゃろうな…」
なんとなく、それは僕に向けた言葉ではないような気がした。
森に、あるいは魔女に聞いているのかもしれない。
その質問に答えるように、冷たい夜の風が僕達の間を通り抜けた。
…。




