オスの痕跡
♢
彼女の話を聞き終わり、もう一度じっくり、木を眺めてみた。
立派な木だと思うけど、他の木と明確な差はないように見える。
でも、彼女にとっては特別な木だということはよくわかった。
「魔女は、こうして木に変わってしまったのじゃ。
でもずっと、わしを見守ってくれてるのじゃ。
…あの日、御主を拾った日も、実は魔女に呼ばれた気がしたのじゃ」
「なら、僕は魔女さんにも助けて貰ったんだね」
「きっと魔女が教えてくれたのじゃ」
彼女は誇らしげに笑い、嬉しそうに頭の角を木の幹にこすり付けた。
よく見れば、同じ高さに小さな傷が沢山付いている。
きっとこうして、魔女さんに甘えているのだろう。
その姿が少し寂しくもあるけど幸せそうで、少しだけ羨ましい。
僕に角はないけど、少しだけ頭を擦りつけてながら物思いに耽る。
彼女が教えてくれた過去は、少しだけ僕の現状と似てる。
魔女さんに出会うまで、彼女は置き去りにされた森で立派に生きていた。
なら僕も、そうするべきかもしれない。
幸運な事に、途中の寄り道で野草や木の実を少しだけ教われた。
だからきっと、なんとかなる。
なんて、不安を隠しながら心の中で強がりを呟いた。
「眠そうじゃな?少しお昼寝をしていくのじゃ」
「…え?」
考え事をしていたはずなのに、いつの間にか目を閉じていた。
彼女に声を掛けられて、寄り掛かっていた木から背中を離す。
しかし、瞼は重いままだ。
「まだ何も思い出せないから、寝てられないよ」
「いや、きっと身体が休みたがっているのじゃ。
眠い時は寝るのが一番だって、魔女も言ってたのじゃ。
ほれ、寝るならこうして、横になって…」
少し強引に説得され、僕は地面に寝転がった。
綺麗な青空が映り、気持ち良い風が吹く。
もう少し空を見たかったけど、ふいに彼女の手が僕の目を覆う。
温かい手の平が、なんとも心地いい。
「こうすると眩しくないじゃろ?
魔女もよくこうしてくれたのじゃ」
「…そう、なんだ…」
もっと彼女の話を聞いていたかった。
でも横になって目の前が暗くなると、すぐに身体の力が抜けていく。
もう眠気に抗えないところまできてしまった。
「…おやすみじゃ…」
その彼女の声を最後に、
返事をすることも出来ず、眠りに落ちた。
♢
オスが眠ってしばらく経ち、そっち手を離す。
話した後、魔女が眠っている木を眺める。
思い出話をすると、こんなに切ない気分になるとは知らなかった。
このまま、切なくも懐かしい気分に浸り、
自分もオスの隣で眠ろうかとも考えた。
しかし、今はやるべきことをやろう。
頭を振って雑念を振り払い、立ち上がる。
今ならオスが何処から来たか、何かしら痕跡があるはずだ。
でも当ては無いから、とりあえず森と丘の境目を歩いてみることにした。
ぐるっと一周したけど、特に違和感を感じない。
適当に森の中に入ってみたけど、何もない。
結局何も見つからず、更に二周りもしてしまった。
気付けばかなりの時間が経っている。
そろそろオスも目覚めているかもしれない。
目覚めたついでに何かを思い出して、
ドラゴンは恐ろしいんだと知られれば、何処かに逃げているかもしれない。
それは仕方ないけど、考えるだけで気分が重く沈む。
できれば、お別れくらい告げたいなと思った。
途中から早足になっていた。
少し息が上がり、色々考えながら丘の木に戻った。
だけど人の気も知らずに、オスは呑気な顔でぐっすりと眠っていた。
「…くふふ…呑気なオスじゃな…」
自然とオスの近くに座った。
無防備に眠るオスの姿が愛おしい。
髪をそっとかきわけて、寝顔を見てしばらく過ごした。
…。




