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名前

 彼女に起こされ、もう夜が来ると教えてもらった


空を見てもその兆しはわからないが


彼女がそう言うのだから、あまり間を置かずに夜になるだろう


此処で倒れていた時に一瞬だけ見た風景を思い出す


もうすぐあの暗闇の中、一人過ごさなければならない


まだ気持ちの準備すら出来ていないのに 



 焦っていると彼女が立ち上がった


きっと大樹に帰るんだろう


こんな事なら眠らずに彼女と話したかった


もっと彼女の声が聞きたかった


それに本当ならお礼やお別れを言うべきだとはわかっている


でも、どうしても彼女の顔が見れなかった




 彼女は歩き出さなかった


それどころか不思議に思って顔を上げた僕に向かって手を差し出す


「どうしたのじゃ?大樹に帰るのじゃ」


「…僕も、いいの?」


差し出された手に恐る恐る触れる


力強く握り返してくれた手は、やっぱり温かかった



 大樹に向かって歩いていると不意に彼女が立ち止まった


そして上に向かって指を指し、僕に見るように促す


そこには夜鳥という名前の鳥が枝に止まっているらしく


名前の通り、夜が来るのを教えてくれるそうだ


「あ、見つけた」


「もうすぐ沢山集まってくるのじゃ」


彼女の言った通り、一匹、また一匹と徐々に数を増やす


想像より増え続ける夜鳥をしばらく眺めていた



 彼女が無言で歩き出したので慌てて追いかける


僕が追いかけてくるのを確認した後、夜鳥を知っているかと聞かれた


「多分知らないかな?覚えてないだけかもしれないけど…」


「どの種族も夜鳥を見かけたら逃げるように教わるはずなのじゃ

 …必ず教わるって、魔女がそう言ってたのじゃ」


彼女は此方を見ずに話を続け、夜鳥について教えてくれた


夜鳥は夜にしか飛ばない


夜行動をするから日中はずっと眠って無防備になる


だから彼らは生き残るために知恵を付けた


他の皆が恐れる種族の傍で暮らせばいいんだと


それがきっとドラゴンで、多分彼女の事なんだろう



 説明を終えた後、彼女はずっと無言だった


玄関前で立ち止まった彼女に、どうしても気になることを質問する


「ねぇ、名前はある?」


「…名前…なんのじゃ…?」


「君の」


夜鳥という名前の鳥だと教えてくれた時から気になっていた


想定してない質問だったのか、面を食らった表情だ


「…わしが、怖くないのじゃ?」


「僕は怖くないよ」


「…すまないんじゃけど、わしに名前はないのじゃ」


彼女は申し訳なさそうに、


でも少し照れたように笑っていた



 魔女は彼女の事をドラと呼んでいたそうだ


人型になったとはいえ、半分ほどドラゴンの特徴を持つ彼女


ドラゴンの半分


だからドラ


「御主も好きに呼んでくれたらよいのじゃ

 ドラでも、ドラゴンでも、なんでもよい」


「ちょっと待ってね…」


謂れを聞くと"ドラ"は名前なのかと思った


好きに呼んでいいと言ってくれたから考えてみたかった


でも記憶がない事が影響してるのか何も思い浮かばない


その間に外は暗くなり、夜鳥は増え続けた




 彼女と一緒に空を眺めていると夜鳥が一斉に飛び立つ


飛び立つ時、夜鳥が鳴いた


その鳴き声は遠くまで響き、森全体に木霊するようだった


「…ドー…ラ…」


「ドラじゃ?」


「…ううん、ドーラ。そう、呼んでいいかな」


夜鳥の長く透き通る鳴き声を聞いて思いついた


ドラとほとんど変わらないかもしれないけど


僕は彼女をドーラと呼びたくなった


「…ドーラ…、…ドーラじゃ…」


彼女はぶつぶつと名前を呟き、響きを確かめているようだった


気に入らないのかと不安になってくる


「…気に入ったのじゃ!わしは今からドーラじゃ!」


彼女は満面の笑みを此方に向けた後、


夜の空に向かってそう叫んだ




 ホッとしながらはしゃぐドーラを見ていると


急に動きを止め、空を見上げた


「…御主は、なんて名前だったんじゃろうな…」


それは僕に向けてではなく、森に聞いているようだった


あるいは魔女に聞いているのかもしれない


その質問に答えるように、冷たい夜の風が僕達を撫でた


…。

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