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初めて作ったパンの味

 私は死に場所を求めて森に来たの


でも、やっぱり死にきれなくて、


空腹で、寒くて、怖くて、動けなくなって、


ついこの間まで絶望の淵にいたのに


今、信じられないくらいに


穏やかな気持ちで過ごせている


「眠れないのかい?」


「…ううん…

 …本…読んでくれてありがとうなの…」


「お礼を言うのはこっちだよ

 私も面白かったし、

 皆も大喜びだったじゃないか」


「…うん…おやすみなの…」


魔女さんの顔を見てたのがバレた


恥ずかしいから


布団の中に隠れる事にした




 布団の中で今日の事を思い返した


本は何度もおばあちゃんに読んで貰ったけど


読む人が変わると雰囲気が全然違って


まるで違う物語のようで不思議だった


それに、もう一度聞けただけでも


泣くのを我慢できないほど嬉しかったけど


皆が気に入ってくれた事がもっと嬉しかった


「グラ、まだ起きてるかい?」


「…うん…何…?」


「寒いからもっと近寄ってもいいかな?」


「…いいの…」


寒いと言うけど私より温かい


魔女さんは毎日こうして抱き寄せてくれるの


どうしてこんなに優しくしてくれるのかな


それを聞きたいけど、聞く勇気はまだでない




 朝、誰よりも早く魔女さんは目を覚ます


魔女さんが動くと私も起きちゃうけど


そっと布団を掛け直されるから


少しの間だけ寝たふりを続けて、


そして頃合いを見て、起き上がる


「…おはようなの…」


「おはよう

 皆が起きるまでグラも寝てていいんだよ」


「…ううん…

 …今日も手伝っていい…?」


「もちろん、助かるよ

 でも先に顔と歯を洗いなさい」


綺麗な水で顔を洗い、


綺麗な枝で歯を磨いた


それから魔女さんと一緒に


テーブルや椅子、玄関の周りを掃除した




 皆が起きる前に掃除を終わらせた


普段なら皆がそろそろ起きてくるけど


今日は遅いから、魔女さんが起こしに行った


「おはようグラ、よく眠れた?」


「…おはようなの…主さん…」


起きてくると皆が挨拶してくれる


主さんも、ドーラさんも、リーフさんも、


此処では誰も私を無視しないでくれる


「それじゃ朝の散歩に行ってくるから

 私たちの分もいいかな?」


「任せるのじゃ

 グラはまた大盛りでよいんじゃろ?」


「ああ、頼むよ」


皆に食事の準備を任せて


散歩に行くのが日課になった


正直、大盛りは助かるし、嬉しいけど


口に出されるとちょっとだけ恥ずかしい


「…私、ずっと食べ物貰ってていいの…?」


「気にすることはない

 この森は豊かだから食べ物は豊富なんだ」


故郷に居た頃は一番少なくされてたのに


此処ではお腹いっぱい食べられる


何か恩返しがしたいけど


何をしていいか思いつかなかった




 森を少しゆっくりと歩いてから大樹に戻った


既にテーブルにスープが用意されていて


ちょっとだけ遅れてしまったかと思った


「待たせたかな?」


「ちょうどよいのじゃ

 パンが後少しで温まるのじゃ」


その返事にホッとしつつ席に着く


何もしてないのに食べるのは


気が引けるけど、お腹は空いてしまっている


「今日は何をするんだい?」


「ん~、パンが無くなったから焼きたいのじゃ」


「もう少し小まめに焼かないか?

 作りたての方がやはり美味しいからね

 これなんてカチカチじゃないか」


「一気に焼いた方が楽なんじゃもん」


「それはわかるよ

 でも五人もいればすぐだ」


「…それもそうじゃな?

 主が喜ぶならそうするのじゃ」


魔女さんはパンが固いと言うけど


私からすれば見たことないくらい綺麗で、


柔らかくて、こんなに美味しいパンは初めてだった




 パンを作るのも初めてだ


最初、私が触ったら嫌じゃないかと


不安になって、つい変な事を聞いてしまった


「…私が触ったパン…嫌じゃない…?」


「誰が作っても一緒じゃ

 強いて言えば主が作ったのが食べたいのじゃ」


その飾らない返事に安心できた


教わりながら一生懸命捏ねてみたんだけど


どういう訳か、皆が褒めてくれた


「グラさん、捏ねるの上手ですね」


「…そう…?

 …よく、土を捏ねたりしてたからかな…」


「きっと美味しいパンができますよ!

 土を捏ねて何にしてたんですか?」


「…レンガを作るお手伝いしたり…」


リーフさんはよく話を振ってくれる


最初は上手く返事ができなかったけど、


最近は少し慣れてきた、気がしてる




 すぐにドーラさんがパンを焼いてくれた


魔女さんは誰が作ったパンかわかるみたいで


私が作ったパンを教えてくれた


「ほら、これがグラが作ったパンだよ」


「…美味しそうにできたの…」


「せっかくだ

 焼き立てを食べてごらん」


「…いいの…?」


思ったより上手にできた


生まれて初めて作ったパン


誰かと一緒に作った初めてのパン


食べるのが勿体ないけど


でも、食べてみたいとも思う


「グラのパンは僕のより美味しそうだね

 …食べるならちょっとくれる?」


「…私のパンでよかったらいいの…」


「わしも食べたいのじゃ」


「あ、私も!」


魔女さんも食べてみたいって言ったから


一つのパンを五等分にした


小さくなった初めてのパンは


とてもとても、幸せな味がした


…。

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