行商のしたい事
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時折、オスと出会った頃を思い出す。
二人だけで過ごした時間は不安定だけど楽しくて、
恋焦がれる気持ちと、失う恐怖の板挟みだった。
戻りたいとは思わない。
でも、本当に刺激的な時間だった。
気が付けば自分の他に三人のつがいが出来てしまった。
行商はオスを守る為には仕方なくて、
魔女と土竜はオスをドラゴンにしない為に必要だった。
まぁ、静かすぎる森の中なら四人くらい居てもいいと、最近はそう思う。
「ねぇドーラさん。相談があるんです」
「ダメじゃ」
「まだ何も言ってないじゃないですか!」
「主と二人だけで一緒に寝たいとかそんなんじゃろ?」
「それはいつも思ってますけど、違いますよ。
…結婚式、したいんです」
魔女に強く願われ、オスと土竜だけの散歩を許した日、
お茶を飲んでいると行商がそんなことを言い出した。
最近、何処かで聞いたことがある言葉だ。
それを自分で思い出す前に、魔女がかなり興味を示した。
「いいね。私は賛成」
「ですよね!いいですよね!」
「結婚式ってなんじゃっけ?」
「グラさんの本に出てきたじゃないですか。
主人公が人間と結婚…つがいになる誓いを皆の前でするやつです」
そうだ。本で聞いたんだ。
人間はつがいになった事を皆の前で約束するんだ。
「ただ、物語に出てきた方法と森人の方法は違くって、
できれば森人のやり方でしたいんですけど…」
「私はどんな形式でもいいよ。
でも、どうして二人が居ない時に相談なんだい?」
「グラさんは絶対に賛成するし、主さんもそうだと思うんです。
でもドーラさん次第だから、変に期待させないようにって…」
二人の視線が自分に集まる。
憧れめいた、期待が込められた熱い視線。
それを二人から感じるのは久しぶりだ。
正直、オスは自分の物だから誰かの前で宣言する必要はない。
でも、結婚式をするのが嫌な訳でもない。
「わしはどっちでもよいのじゃ」
「…それって、やってもいいって事ですか!?」
「よいけど、今日するじゃ?」
「あ、いや…。…するなら、私の故郷に行く必要があるんですよね」
「…森を出るじゃ?」
「リーフの故郷ならこの森と繋がっている。
だから一応、同じ森だね」
大樹から離れることに少し抵抗を覚える。
だけど、森から出ないのであればぎりぎり許容範囲。
あと一押し何かあれば、行ってもいい。
「…ダメ、ですか?」
「ん~、もうちょっと詳しく教えて欲しいのじゃ」
そこから行商が結婚式について熱く語る。
行商の故郷は此処より深い森の、山に囲まれた場所にあるそうだ。
山の間を抜ける風を使い、里の中心で花を高く飛ばす。
そうすると森に認められ、幸せになれると言い伝えられている。
「里の皆に見られながら飛ばすんです!」
「へぇ。森人の結婚式には神父様は居ないんだね」
「神父じゃ?」
「なんて言えばいいんだろうね。
簡単に言えば二人の結婚を認めてくれる人かな?」
「そんなの必要ないのじゃ」
「ハハッ、確かにそうだ。
でも近くの住人に主くんは自分の物だと見せつけるのも悪くないだろう」
話を聞く限り、森人の里はそう遠くない。
それに、今後出会う可能性があるメスに、
予めオスとの仲を見せつけておくのも確かに悪くない。
「じゃあ、行ってもいいのじゃ」
「ほんとですか!?」
「歩いてどれくらいじゃ?」
「いえ、行くならお父さんの大走鳥を借りてきます!
そうすればゆっくり行っても野営一回で済みますから!」
こうして行商の故郷に行く事が決まった。
ただ、強い風が吹くのは一定のタイミングがあるらしく、
数日、あるいはもっと長く滞在するかもしれないそうだ。
「里全体にヒカリゴケが自生してるんです。
で、ヒカリゴケは風を利用して遠くまで繁殖するので、
観察してると風が吹くタイミングがわかるんです」
「里でしばらく住むとして、
場所はリーフが探してくれるのかな?」
「任せておいてください!
それに、ドーラさんが行くって里長にも伝えてきます」
「…私も説明しに行こうかな?」
「え?来てくれるんです?」
「リーフを信用してないわけじゃないけど、
ドーラについてなら私の方が上手く説明できる」
「助かります!」
行商と魔女が細かい打ち合わせを始めた。
二人とも乗り気で、明日にでも行商の故郷へ旅立つそうだ。
まだオスにも話してないのに、気が早いったらない。
「…主が良いって言ったらじゃからな?」
「絶対に良いって言いますもん!」
まぁでも、オスは断らないだろうなって自分でも思う。
色々話がまとまってくると、本当に大樹を離れるんだと実感が沸く。
それは森に来てから初めての事だ。
「ただいま。皆で何してるの?」
「おかえりじゃ主!
グラに襲われなかったじゃ?」
「…そ、そんな事しないの…」
「冗談じゃ冗談。…でも、一応…」
一応、オスと土竜の身体の匂いを嗅いで確認する。
何もしてないのはいいけど、口からも匂いがしないのはおかしい。
「キスもしなかったじゃ?」
「…う、うん…」
「キスはして貰わないと困るのじゃ!
…ん?ならリーフも魔女も居なくなっては困るのじゃ」
「数日くらいしなくても大丈夫だよ。
最初の頃はドーラ一人でもドラゴンにならなかっただろう?」
「確かにそうじゃ。でも念の為に今しとくのじゃ」
オスと土竜のキスを見届けてから、改めて全員が席に着いた。
そして今の今まで話し合っていた計画をオス達にも話す。
土竜はもちろん喜んだが、意外な事にオスが難色を示した。
「…主さん、森人の結婚式は嫌ですか…?」
「結婚式はいいと思う。
でも、ドーラが怖がられるなら行かない方が良いと思う」
「主くん。それは私とリーフがなんとかする。
だからどうか、許して欲しい」
「主さん…!」
「…ドーラはどう思う?」
二人に懇願されても、オスは決して良いとは言わなかった。
自分の心配だけをしてくれるオスの姿は愛しいし、優越感に浸れる。
だからこそ、助け舟を出してあげる気にもなる。
「わしも結婚式をしてみたいのじゃ」
「怖くない?」
「仮に森人全員がわしを怖がってもどうでもよい。
わしは主が怖がらなければ、それだけでよいのじゃ」
「…わかった。なら、僕も良いと思うよ」
オスのその言葉に二人の顔がやっと綻んだ。
オロオロとしてた土竜も笑っている。
こうして、全員で行商の故郷に行く事が決まった。
…。




