最後の相手
主さんが人間だとわかってから、ずっと目で追ってしまう。
食事をしてても、木の実を集めてても、
ふと気づけば、主さんを見てる自分が居る。
時々目が合って、主さんは笑ってくれる。
私は恥ずかしくて、急いで目を背けるけど、
時間が経つと、また自然と目で追っていた。
ドーラさんが主さんを独占しない理由も聞いた。
それは主さんの為で、複雑な事情があるらしい。
難しい話はよくわからなかったけど、
あと一人、キスする相手が、お嫁さんが居た方がいいらしい。
そうすれば人間の姿のままで居られるみたい。
そんな話を聞いて数日後、
魔女さんは大事な話があるって皆を呼んだ。
「そろそろ、主くんの最後の相手を探そう」
「…あ~…嫌じゃなぁ…」
「でも急ですね?」
「私も主くんと過ごして、このままの姿がいいなと思ってね。
手遅れになる前に少しは行動するべきだ」
「まぁ、それもそうですね」
主さんの、最後のお嫁さんの話。
あんまり聞きたくないと思った。
でも口に出せるわけもなくて、ただ黙って聞いてるしかない。
「グラはどう思う?」
「…えっ…」
「誰か当てはあるかな?主くんの新しいお嫁さん」
「…。」
皆が私を見る。
当てなんてあるわけないのに、どうして魔女さんは私に話を振るんだろう。
それにあっても、言いたくない。
「…無い、の…」
「そうか。
でも、土竜と言うのも悪くはないね」
その言葉に強い抵抗を覚えた。
私以外の土竜族が主さんの傍に居るくらいなら、
私がって、そんな気持ちが初めて生まれた。
「…ま、魔女さん…」
「なに?何か思いついた?」
「…土竜族なら新しく探さなくても…。
…助けて貰ったお礼に、私がキスしてもいいの…」
「いや、それには及ばないよ。
グラはグラの好きな人を探しなさい」
「…。」
やっと言えたと思ったのに。
頑張ったのに。
もう、何も言えない。
涙も滲んできた。
ひどく惨めな気分。
でも、魔女さんの言葉には続きがあった。
「グラ。お礼でするつもりならダメ。
私は主くんを本当に好きになってくれる人にキスして欲しい。
だからもし、グラが主くんを好きだと言うなら、
…主くん次第で、そうなるかもね」
泣きながら顔を上げて、主さんを見る。
ボロボロと泣いてて、醜い私をじっと見てくれてる。
どうしよう。
これ以上、惨めな気持ちになりたくない。
勇気が出ない。
また俯いて、しばらく泣き続けた。
魔女さんは立ち上がり、ドーラさんとリーフさんを連れて外に出た。
此処には私と主さんしか居なくなる。
二人きりになると、主さんは謝ってくれた。
「ごめんね。僕のせいで」
「…ち、違うの…主さんは悪くないの…」
「隣、行ってもいい?」
「…うん…」
主さんが隣に座ってくれた。
それから、そっと手を握ってくれる。
温かくて、少し落ち着けた。
「…私の手、傷だらけで気持ち悪いの…」
「前も言ってたね。大きくて優しい手だと思うよ」
私は普通の土竜と違って身体が大きく、
耐久性がないようだった。
穴を掘ると手がすぐボロボロになって、傷が増え続ける。
力も出なくて効率も悪くて、役立たずってずっと言われてきた。
この手が、ずっと嫌いだった。
でも主さんが触れてくれるなら、好きになれそうだと思えた。
「…わ、私…他の土竜族に主さんを盗られたくないの…
…ずっと、ずっと優しい主さんが気になってたの…
…だから、だからね…私を選んで、欲しくて…グスッ…」
沢山の涙が零れた。
その雫が主さんの手に当たっている。
でも主さんは気にした様子がなく、手を握り続けてくれている。
「前、ドーラに言われた事なんだけどね」
「…うん…」
「僕がグラを選ぶと、ずっとこの森で暮らす事になっちゃうよ。
グラはそれでもいい?
多分、故郷に帰れなくなるよ」
「…いいの…皆と、主さんと一緒に居たい…」
「そっか。なら僕はグラが良い」
その言葉が信じられなくて、主さんを顔を見た。
冗談を口にしてるようには見えない。
照れたように笑ってる。
「…ほんとに、私でいいの…?」
「うん。いいよ」
「…最後の一人なのに、ほんとにいいの…?」
「それを言うなら、僕の方もグラを一番大切にしてあげられない。
ドーラが何より大切で、リーフもフローラも居る。
それで本当にいい?」
「…何番目でもいい…最後でいい…。
…少しだけでも…私を好きになって…」
「わかった。僕はグラが好きだよ」
嬉しくて、またボロボロと涙が零れる。
ふいに魔女さんの言葉を思い出した。
キスをする相手を探してるって。
だからキスすれば、私で確定するんだって思った。
勇気を出して目を閉じる。
そしたら、軽く口に触れる感触がした。
本当に主さんが、私にキスしてくれたの。
キスするとすぐ皆が帰ってきた。
ドーラさんは複雑そうな顔で主さんと抱き合い、キスしてる。
私がキスしたから怒ってるのかもしれない。
「…ごめんなさい…」
「ドーラさんに謝らなくていいですよ。
私が初めてキスした時だって、あんな感じでしたから。
余韻くらい欲しいですよね?」
「わしの方が主を好いてるのを見せつけるのじゃ」
「はいはい。ドーラさんが一番ですよ。
…でも、私もいいですか?」
「ダメじゃ」
「ケチ!いいじゃないですか!私だって同じ気分なんですよ!」
二人はじゃれ合いながら主さんを奪い合ってた。
そんな中、魔女さんが私を撫でて褒めてくれたの。
「よく頑張ったね」
「…魔女さん…私…」
「グラが主くんを好きになってたのは皆知ってたよ」
「…えっ…」
「ずっと主くんを目で追ってただろう?バレバレだったよ」
顔を上げると皆が頷いてた。
なんだか恥ずかしい。
私の気持ちなんて、とっくにバレてたんだ。
「しかし、魔女の言った通りになったのじゃ」
「…言った通り…?」
「ああやって発破を掛ければ、多分こうなるって言ったのじゃ」
「…そう、なんだ…」
「厳しい事を言ってごめんね。
私も早く安心したかったんだ」
「…ううん…自分じゃ言えなかったから、よかったの…」
その後、落ち着く香りのお茶を淹れて貰った。
主さんもドーラさんもリーフさんも、
事前に魔女さんに相談されていたそうだ。
最後の一人に私でどうかって。
「でもグラが勇気を出せなければこの話は無しだったよ」
「…よかったの…。
…でも、勇気を出せたのは主さんのおかげなの…」
手を握ってくれなければ言えなかった。
優しい主さんじゃなければ無理だった。
好きになった人が主さんでよかった。
色々あったけど、頑張ってよかった。
自分を少しだけ好きになれそう。
初めて、そんな風に思えた。
…。




