憧れの人間
私が落ち着くのを待って、魔女さんがもう少しだけ本を読んでくれた。
街からきた青年は、煉瓦の注文に村にやってきた。
その青年に、昔遊んだ男の子の面影を感じる。
でも気のせいかもしれないし、
男の子だったとしても、自分の事を覚えてるか不安で言い出せない。
そんなもどかしい場面で、魔女さんはまた読むのをやめた。
「さっきより続きが気になるのじゃ!」
「続きはまた明日」
「あとちょっと!ちょっとだけじゃ!」
「ちょっと読んでも続きが気になるだけだよ。
この本の、これくらいしか読んでないんだよ?」
ぱらぱらと本を捲り、全体のやっと一割程度の場所を指し示す。
そう、この物語はまだまだ続く。
何度も聞いて覚えてるけど、
読み手が変わると雰囲気が変わって面白い。
「…お祖母ちゃんより、読むの上手なの…」
「グラにそう言われると嬉しいね。
それと貸してくれてありがとう。一度返しておくね」
渡してもらった本をギュッと抱き締める。
色んな思いが溢れて、また泣きそうだけど、
本を濡らさないように頑張って堪える。
「グラ~。その本、開いて見せて欲しいのじゃ」
「…いいの…」
ドーラさん達が揃って近づき、本を開くように頼まれた。
私が本を開くと、皆が覗いてくる。
私も何度も見た事はあるけど、
何が書いてあるかまったくわからない。
「どうじゃ?リーフには読めないのじゃ?」
「…うーん…私が知ってる文字と違うんですよね~…」
「グラは続き知ってるんじゃろ?続きを教えて欲しいのじゃ」
「こら。グラに続きを聞くのは禁止だよ」
どうしても続きが知りたいのか、ドーラさんはずっと駄々を捏ねた。
私の兄弟達はくだらないと馬鹿にした本なのに、
ドーラさんは気に入ってくれたみたいで、すごく嬉しかった。
だから読み疲れてる魔女さんには悪いとは思いつつ、お願いしてみる。
「…魔女さん…あとちょっとだけ読んで欲しいの…」
「グラに頼まれると断りづらいね。
…でも、今日だけだよ?」
「やったのじゃ!流石グラじゃ!」
続きを読むことになって、皆すぐに魔女さんの傍に集まる。
結局、青年があの男の子と同一人物なのか確信を得られなかった。
でも、大人になった二人は少しずつ惹かれ合う。
しかし、種族の壁が二人を邪魔したり、
青年にお見合いの話が出てきたりと、これからが大変だったはず。
でも魔女さんはその手前の、きりが良い場面で読み終わり、
ドーラさんもなんとか我慢する事ができた。
今は今後の展開を予想しながら、主さんにべったりしてる。
微笑ましく思っていたけど、ふと働きに来た事を思い出した。
「…魔女さん…私、働くの…」
「今日はね、足りないものは無いんだってさ」
「…それでも、薪は集められるの…」
「いいや、皆と同じ行動をして欲しい。
リーフが出した条件もそんな感じだっただろう?」
そう言われては仕方なく、頷くしかなかった。
皆の話し合いを聞きながら、魔女さんと一緒に空を眺める。
そのうち、魔女さんを除く三人は眠ってしまった。
私は朝から晩まで働かされてたから、
こういう時、どうしたらいいかよくわからない。
「グラも眠ったらどうかな?」
「…いいの…?…でも…」
「皆と同じようにね。
ちゃんと起こしてあげるから、安心して」
また頷くしかなかった。
とりあえず、皆を真似て寝転んでみる。
それから目を閉じると、今まで感じなかった事に気が付いた。
風が緑の匂いを運んでくれるし、木々が擦れる音も心地いい。
眠れなくても、こうしてるだけでも気持ちが良い。
何もしなくていい幸せを、初めて感じる。
しばらく経って、本を捲る音に気がづいた。
そっと目を開けると、魔女さんがこっそり本を読んでいた。
「…おや、バレてしまったね。
皆に内緒にしておいてくれるかな?」
「…ふふ…わかったの…」
「ドーラには我慢しろと言ったけど、私も気になってね。
しかし、土竜族と交流していた人間も居たんだね。
多分、昔の人間が書いた本だと思うんだ」
魔女さんは本を畳んで、眺めながらそう呟いた。
まるで人間を知っているみたいな言い方だ。
「…魔女さん、人間さん知ってるの…?」
「うん?ああ、グラはもしかして人間に会いたいのかい?」
「…うん…もう居ないってお祖母ちゃんには聞いたけど…。
…人間さんなら、私にも優しくしてくれるかなって…」
「なるほどね。でも、人間は滅んでしまったよ」
やっぱりそうなんだ。
わかっていたけど、言葉にされるとやっぱり寂しい。
でも、憧れてた人間さんみたいに皆が優しくしてくれるから大丈夫。
そう自分を慰める。
「本のお礼に会わせてあげようか」
「…誰に…?」
「人間さん」
「…。」
その言葉に驚き過ぎて声が出ない。
からかっているのかな。
でも、魔女さんの顔は普段通り優しいまま。
なんて答えればいいんだろう。
「…あ、会いたいの…」
「わかった。なら皆が起きた後に此処で待ってて。
だからあと少し、グラもおやすみ…」
そう言って何度も撫でてくれた。
でも眠れるはずもなくて、
時々捲られる本の音を聞きながら、目を閉じて静かに待つ。
「グラは帰らないのじゃ?」
「ちょっとね。帰りながら説明するよ」
「そうじゃ?ならグラ、また後でじゃ」
「…うん…」
皆が起きた後、私は一人で丘の木で待つことになった。
少しずつ小さくなる皆の背中を見送る。
見えなくなると、広い丘に一人だけ取り残されて心細い。
もしかして、厄介払いされたのかもとそんな想像もしてしまう。
それに、本当に会えるんだろうか。
何度も何度も、人間さんの姿を本の文面から想像した。
きっと土竜族とは全然違う。
それに待ってたのが私だなんて、がっかりされないかな。
そうだ。それを考えていなかった。
会いたいなんて言わなければよかった。
もし人間さんに冷たくされたら、もう生きていけないかもしれない。
急に怖くなった。
動悸が激しくなり、今すぐこの場から逃げ出そうと思った。
でもそんな時、主さんの声が聞こえた。
「グラー!遅くなってごめーん!」
「…主さん…?」
主さんが私を見ながら大きく手を振っている。
人間さんじゃなかったけど、
知ってる人が現れて、とにかくほっとした。
やっぱり魔女さんにからかわれただけだ。
…。




