オスの痕跡
彼女の話を聞いて色々思うところはあったけど
改めて背後にある木を眺めてみた
立派な木だけど
大きさ以外に他の木と違いはないように見える
でも、彼女が嘘をついているとは思わなかった
「魔女は木に変わってしまったが…
いつじゃって、此処からこうして見守ってくれてるのじゃ
…御主を拾った日も…魔女に、呼ばれた気がしたのじゃ」
「なら、僕は魔女さんにも助けてもらったことになるね」
「きっと魔女が教えてくれたのじゃ」
彼女は少し誇らしげに笑う
笑いながら自身の小さな角を木の幹にこすり付けた
よく見れば同じ高さに似たような小さな傷が沢山付いている
これはきっと魔女に甘えているのだ
その姿を見ると角を持つ彼女が羨ましく、
僕も少しだけ頭を擦りつけてみた
彼女が話してくれた過去を思い返すと
少しだけ僕と状況が似ていると思った
この森なら僕も一人で生きていく事はできるだろうか
幸いにも食べられる野草と木の実は
さっき、歩きながら少しだけど教えてもらった
後は水と、それ以外は何が必要なんだろうか
今後の事を考え事をしていたはずなのに
いつの間にか目を閉じていた
「眠そうじゃな?
少し、お昼寝をしていくのじゃ」
「…でも…」
「眠いという事は身体が休みたがっているのじゃ
魔女もそう言ってたし…
ほれ、横になって…楽な体勢になるのじゃ」
説得されて寝転がると視界が広がった
青々とした空が何処までも続いている
少し眺めていたかったけど、
すぐに彼女の手が僕の目を覆った
「こうすると眩しくないじゃろ?
…時折、魔女もこうしてくれたのじゃ」
「…そう、なんだ…」
彼女の手の平は温かくて心地良い
彼女の話も魔女の話ももっと沢山聞きたかった
でも眠気が抑えられずに身体の力が抜けていく
「…くふふ…おやすみじゃ…」
本当に身体が休みたがっていたのかもしれない
あっという間に抵抗できないほどの睡魔に襲われて
僕は彼女に返事をする間もなく眠りに落ちた
…。
思い出話をしたら懐かしくて切ない気分になった
そんな気分に浸りながら、このオスの隣で眠ろうか
そう思ったけど、やるべきことをしなければならない
雨が降る前にこの丘を一周りして
このオスの痕跡を探してあげようと思った
丘と森の境目を歩いてみたけれど、違和感は何もなかった
オスが一人で来たにしても
誰かと一緒に来たにしても、何かしら痕跡があるはずだ
そう思っていただけに当てが外れてしまった
結局、森の中も少し見てみたけど
何も見つからず、更に丘も二周りしてしまった
時間が掛かったのでオスも起きてるかもしれない
起きて、何か思い出して
何処かに行ってしまったかもしれない
魔女と別れた場所だからそんな考えがチラついた
せめてお別れくらい告げたい
そう思って急いで戻ると
相変わらず、木の根元でオスは眠っていた
「…くふふ…呑気なオスじゃな…」
自然とさっきよりオスの近くに座った
無防備に眠るオスの姿は愛おしく
髪を指でそっとかきわけて、寝顔を見ながら過ごした
…。




