温かい場所
♢
リーフと呼ばれた人に出された条件は、身構えたより普通だった。
食事と寝床を提供する代わりの労働と、
皆と同じように生活をする事だけ。
もっともっと、奴隷みたいな扱いを受けるのかと思った。
「…それだけで、いいの…?」
「ドーラさんを怖がらないなら、それでいいです。
でも、貴方はドラゴンを怖がっていませんでしたか?」
「…もっと大きくて…怖いの想像してたの…」
今度はドーラと呼ばれたドラゴンを見る。
確かに大きな尻尾と鱗が生えているけど、
表情は優しくて、ちっとも怖くない。
お祖母ちゃんに教えて貰った姿とは全然違う。
「主くんの影響だと思うよ。ドーラの顔は優しくなったからね」
「そうじゃ?」
「昔と全然違うよ。
これならドラゴンだと言わなければわからないかもね」
私を助けてくれて、ずっと傍に居てくれた魔女さんがそう言った。
気にしてる余裕はなかったけど、この人達はどういう関係なんだろう。
もちろん聞ける勇気はなく、静かに次の言葉を待つ。
「…まぁでも、後数日は身体の様子を見る為に休んでおきましょうね。
でも、食事は皆で一緒にテーブルで、ですからね」
「…うん…」
「それじゃ、改めて自己紹介です。
私はエメラ・リフレイン。皆にはリーフと呼ばれています」
「…リーフさん…」
「貴方のお名前は?」
「…無いの…」
「無い?名前も付けて貰えなかったんですか?」
少し前まで名前はあった。
でも、里を抜け出した私に名乗る事は許されない。
それを思い出すと、また泣きそうになる。
「…名前の中に、里の名前が混じってて…。
…私はそこから逃げたから、名乗っちゃダメなの…」
「それじゃ仕方ないですね…。なら主さんに付けて貰いましょうか。
それでいいですか?」
「…。」
泣くのを堪え、こくりと頷く。
名前を考えてくれるのは、主と呼ばれた男の子。
私に美味しいパンをくれた優しい人。
そんな人に名前を付けて貰えるなんて、
本当に久しぶりに、胸が少しだけ高鳴った。
そして、主さんは私に"グラ"と名付けてくれた。
「よろしくね、グラ」
そう言いながら、主さんは私に向かって手を差し出した。
その手に触れる事を躊躇する。
私の手はボロボロで、みすぼらしくて汚い。
触れて嫌われたら、嫌だなって思った。
「…私の手、傷だらけだから…触らない方がいいの…」
「大丈夫だよ。ほら、手を出して」
戸惑っている私の手を主さんが掴んでくれた。
そのままギュッと握られて、握手をする。
その手はすごく温かい。
「わしはドーラじゃ。よろしくじゃ。
わしも主に名前を付けて貰ったのじゃ」
「…グラなの…」
さっそく付けて貰った名前を名乗ってみた。
少しだけ照れ臭いけど、とても気に入った。
「主はわしのじゃから、それだけは覚えとくのじゃ」
「…魔女さんのじゃ、ないの…?」
「違うのじゃ!わしが一番好かれてるのじゃ」
「二番目は私で、魔女さんは三番目なんです!」
「…わかったの…」
そう返事するとドーラさんとリーフさんは満足そうだった。
反対に魔女さんは少し苦笑い。
これで皆との自己紹介が終わったみたい。
私はまた、魔女さんと一緒に布団で休む事になった。
ただし、顔は出す事ってリーフさんに言われた。
顔が出てると、話してもいいんだって気分になった。
布団の中の狭くて暗い場所から、大きなお部屋に世界が広がる。
ずっと聞きたかったことを、聞いてみようかな。
「…魔女さんは、どうして私に優しくしてくれるの…?」
「昔、私も似たような暮らしをした事があった。
その時の自分を助けるような事を、してみたかったのかもしれないね」
そう言って魔女さんは撫でてくれた。
お祖母ちゃんを思い出して、また泣きそうになる。
「グラが元気になったら、その"本"をできるだけ綺麗にしてあげる。
頑張るけど、過度に期待はしないでね」
「…うん…お願いするの…」
この布に巻かれてる本は、持ち出せた唯一の物。
子供の頃、お祖母ちゃんに読んで貰った大事な物。
お祖母ちゃんの他に文字が読める人は居なかったから、
ゴミとして捨てられてたから、こっそり持ってこれた。
私の唯一の宝物。
少し疲れたから、本をギュッと抱いて目を閉じる。
しばらくしてリーフさんに起こされた。
これから、私も一緒にテーブルで食事をするみたい。
いつもは皆が席を外した後に、魔女さんと温め直したスープを食べていた。
でも、今日から皆と同じ時間に同じ場所で食べる。
「いただきますじゃ」
「…いただき、ます…」
私が同じ席に着いても誰も嫌な顔をしなかった。
それが不思議で、皆の顔色をついつい窺ってしまう。
「ほらグラ。熱いうちに食べよう」
「…うん…」
魔女さんに促されて一口食べる。
いつもよりすごく熱くて、それがとても美味しい。
食事が進むと、リーフさんが私に話しかけてくれた。
「ねぇグラさん。土竜の里ってかなり遠いですよね?」
「…うん…何日も何日も歩いたの…」
「食べ物とかどうしてたんです?」
「…私、一応土竜だから…土、消化できるから…その辺で…」
「土食べてたのじゃ?美味いのじゃ?」
「…味はね、すごく不味いの…でも、お腹空いて、我慢できなくて…」
土竜族は穴を掘っている最中にどうしても体内に土が入ってしまう。
だからなのか、私達は土を消化できた。
でも味は不味いし、栄養も無い。
だから当然、里でも食べ物として扱われる事は無い。
それでもひもじすぎて何度か口にした。
「可哀想じゃなぁ…。ほれ、パンをいっぱい食べるのじゃ」
「…ありがとうなの…」
そんな話をするとドーラさんがパンをくれた。
何もしてないのに、こんなに食べ物を貰っていいのか不安になる。
食後に初めてお茶というものを飲ませて貰った。
温かい飲み物に戸惑いつつ口に入れると、とても美味しかった。
「…美味しいの…」
「よかったです!
私、土竜族さんに詳しくないので色々聞いていいですか?」
「…うん…私にわかる事なら…」
リーフさんは私に沢山質問をしてくれた。
それを主さんとドーラさんが、興味深そうに聞いてくれた。
魔女さんが隣で静かに笑ってる。
此処は、とても温かい場所だと思った。
…。




