消えない違和感
フローラが言うには違和感が近づいてくることは無いそうだ。
だけど、確かに在り続けて消えることもないと言った。
その原因を突き止める為、今日は様子を見に行く事になっている。
僕はお留守番だ。
正直、僕も気になっているから行きたかった。
でもドーラが絶対にダメだと言うので素直に諦める。
「私と魔女さんでちょっと行ってきますね」
「主に何かあったら怖いから、わしも待ってるのじゃ」
「やっぱり危ないのかな?それなら二人も行かない方が…」
「私と魔女さんなら気付かれませんから平気です!
万が一バレても、ピーちゃんで全力で逃げますから安心してくださいね」
「…それでも、気を付けてね」
この前、リーフと一緒に湖を走ったからその速さは知っている。
それを思い出すとほんの少し安心できた。
気を付けてと声を掛けると、二人は大走鳥に乗って森の中に消えていった。
玄関の前に、僕とドーラだけが取り残される。
空を見上げるとまだ薄暗い。
普段は寝てる時間で、朝と呼ぶには早い気がする。
夜鳥だって帰ってきてない。
この時間だと、二人きりの森は静かすぎると思った。
「…なんでこんなに朝早く行くんじゃろうな?」
「朝の方が油断してるってフローラが言ってたよ」
「なるほどじゃな~。
しかし、食事くらいしていけばよいのに…」
「二人の為に、新しくパンでも焼かない?」
「それはよいのじゃ!焼き立てのパンでお出迎えするのじゃ」
僕が二人の為に出来る事は少ないけど、何かしたかった。
さっそく大樹に戻り、テーブルの上でパンを捏ね始める。
お腹は空いていたが、何も食べずにひたすらパンを焼く。
「いい匂いじゃな~」
「パンは焼き立てが美味しいよね」
焼き立てのパンがあまりに美味しそうで、
我慢できず、一つだけドーラと半分にして食べた。
悪い事はしてないのに、いたずらをしてるような気分。
ドーラも美味しそうに、とても楽しそうに笑っている。
残りはリーフ達の帰りを待ってからだ。
二人の帰りを玄関に座って待つことにした。
しかし、待てども待てども玄関の外に変化はない。
やがて、二人してその場で眠ってしまった。
「…なんでこんなところで寝てるんですか?
起きてくださーい!今、魔女さんが困ってるんですよー!」
リーフに揺すられ、目を覚ました。
まだボーっとするけど、
フローラが困っているという言葉だけが耳に残っている
「…フローラ、どうしたの…?」
「…えーっと、説明するより見てもらう方がいいかな…?
あ、でも主さんだけでお願いします」
「…なんでじゃ…?」
「もっと目が覚めたら説明しますから、私とお茶でも淹れましょうね」
「…それじゃ主…魔女は任せたのじゃ…」
ドーラも半分寝ぼけているのか、素直に従っている。
僕も立ち上がり、背伸びをしてから外に向かう。
玄関から出るとすぐにフローラの姿を見つけた。
茂みの前に座り、何もない場所に話しかけている。
「ほら、出ておいで。怖くないから」
「…。」
「…困ったね…おや?主くん、来てくれたんだね」
「おかえりフローラ。何してるの?」
「ああ、それがね…」
フローラが視線を茂みに戻す。
その茂みをよく見ると、奥の方に誰かのお尻が見えた。
「…今朝、様子を見に行っただろ?
そしたら、洞穴の中でこの子が倒れていてね…」
違和感の正体はこの子だった。
ぎりぎり森の外の、山の麓の洞穴でなんとも質素で悲惨な生活をしていた。
その僅かな気配をフローラは感じ取ったらしい。
「ガリガリに痩せててね。意識が無かったから連れてきたんだけど…。
此処に着いた途端に目を覚まして、この通りだ」
「それでこんなに遅かったんだね」
「この子を大走鳥に担いでもらって、私達は歩いてきたからね。
…主くんも、何か言ってあげてくれないかな?」
「うん、わかった。えっと、怖がらなくて大丈夫だよ?」
「…。」
僕が色々話しかけても返事はなかった。
次は前から話しかけようとした時、お腹が鳴る音が聞こえた。
フローラを見ると私じゃないよと首を振る。
「お腹空いてるの?ちょっと待ってね」
「…。」
そういえば僕もお腹が空いた。
急いで大樹に戻り、調理場に立つドーラに声を掛ける。
「ドーラ。パンが三つ欲しいんだけど、いい?」
「ちょうど温め直したのがあるからよいのじゃ。
まだ熱いから気を付けるのじゃ。
連れてきた奴は出てきたのじゃ?」
ドーラも事情を聞いて知っているようだ。
僕が連れ去られる心配が無くなったからか、意外なほど落ち着いている。
「ううん、まだ茂みの中なんだ。
でも、お腹が鳴ったからパンをあげようかなって」
「もしあれなら、わしが引っ張り出してあげるのじゃ」
「あはは、どうにもならなかったらお願いするね」
まだパンが熱かったからリーフが綺麗な布をくれた。
それにパンを包み、フローラのところに戻る。
「これ、待ってる間に焼いたから美味しいよ。
まだ熱いって」
「この子の分もあるんだね。ありがとう主くん」
「…ねぇ、パン此処に置くから、食べていいからね?」
手が届きそうな位置に布ごとパンを置いた。
しばらく動きはなかったが、少し待つとガサガサと音がする。
やがて、その子は泣きながらもパンを食べ始めたようだった。
それに安堵し、僕達も他愛もない話をしながらパンを食べる。
「ねぇ、山の方って何があるの?」
「基本的には此処と何も変わらないね。
でも慣れてないと迷子になるから、勝手に行ってはいけないよ」
「そう言われると気になる。フローラと一緒ならいい?」
「私と?ふふ、二人で大走鳥に乗って出掛けられたら楽しいだろうね」
僕とフローラはまだ二人で出掛けた事がない。
今度、ドーラに聞いてみようかな。
そう考えていると茂みからゆっくりと女の子が出てきた。
茂みの中に隠れてたから、てっきりリーフくらいの小さな子かと思った。
でも現れた女の子はとても背が高い。
ゆっくりと僕達に近づき、フローラに向かって何かを差し出した。
その手には、さっきパンを渡した時の布。
それがキチンと折りたたまれていた。
「…これ…」
「パンをくれたのは主くんだよ。
その布は主くんに渡してくれるかな?」
「…ありがとうなの…」
「今朝作ったばかりだから美味しかったでしょ」
彼女は無言で頷いた。
布を受け取り、丁重にポケットにしまう。
それから、改めて彼女を見た。
顔は前髪で隠されているからよく見えない。
背はフローラと同じか、もっと高い。
なぜか服がボロボロで、しかも泥だらけになっている。
そしてフローラの言っていた通り、
ガリガリに痩せて手の甲にも骨が浮き出て見えた。
「もっと食べたいよね?持ってきてあげる」
「…そ、それより…此処、ドラゴンが出る森なの…。
…早く…に、逃げた方がいいの…」
「怖がらなくて大丈夫だよ。僕達、ずっと此処に住んでるんだ」
「…ずっと…?」
「それより、君はどうしてあんな暮らしをしてたんだ?」
「…。」
フローラがそう質問すると、その子は黙ってしまった。
それから俯き、泣いてしまう。
「…グスッ…」
「…とりあえず、汚れだけでも少し落とそうか。
主くんも手伝ってくれるかな?背中をよろしくね」
服に付いた泥をできるだけ優しく触りながら落とした。
少しでも強くすると破けてしまいそうな、ボロボロの服だった。
こんな風になってしまった理由を聞きたかったけど、
フローラが僕の視線に気づき、静かに首を横に振った。
…。




