怒りと
何処かであの子らが見てるだろうか
急に出掛けて欲しい、なんて
怪しいにもほどがある
まぁ、私が主くんに何もしないか
確認したいのかもしれないから
見やすい丘を選べば安心するだろう
「フローラと出掛けられて嬉しいな」
「そう?
喜んでくれるなら私も嬉しいよ」
「いつも一緒に来てくれないけど…
普段は何してるの?」
「それは内緒」
「…どうして?」
「秘密があった方が魅力的に見えるから」
「…秘密にしたいなら聞かないけど…
…僕はもう少し、フローラと一緒に居たい…」
そう素直に言われると困ってしまう
遠慮しないといけない立場だというのに
今にも絆されそうになる
この子に依存してはいけない
愛しい我が子だし、
もう一人の我が子の思い人だから
やはり遠慮しなくてはいけない
ただ、どこか魅かれている自分がいる
それはもう認める
だからどうか
その寂しそうな顔を、私に向けないで
隣に座る主くんの手に触れる
少しでも気が晴れるように
「…主くんを避けているんじゃないからね
…だから、そんな顔しないで…」
「…うん…」
「ほら、今日の分のキスを今しよう
…そうしたら、大樹に帰ろうか…」
「…もう終わり?
…なら、まだしない…」
駄々をこね、動こうとしない
だから強引に上を向かせて
此方から唇を奪う
名残惜しいのは私も同じ
だけど、これ以上一緒に居るわけにはいかない
もう、物理的に離れる以外に
我慢する方法が思いつかない
…。
腹立たしい
今まで、魔女に対して本気で怒った事はない
色々と決まり事や約束が多く、
煩わしいと思った事は幾たびもあるが
此処までの怒りを覚えた事はなかった
大樹に戻ってきたオスを森人に任せ、
魔女だけを裏の川まで連れてきた
「なんじゃさっきの態度は!」
「やっぱり見てたんだね
覗きは良くないよ」
「そんなことはどうでもよいのじゃ!
遠目でも違和感を感じていたが
帰ってきたオスの顔を見て確信した
まだオスを悲しませるつもりなら
魔女が相手でも容赦はしない
この身にしてくれた恩も、
色々教えて、育ててもらった恩もある
何よりオスを産んでくれた
そんな魔女に
こうして爪と牙を向ける日が来るとは思わなかった
もちろんこれは脅しで、ただの威嚇
そのつもりだが、
何かの拍子に身体が動いてしまいそうなほど
頭に血が上っているのがわかる
「なんですぐ帰ってきたのじゃ!」
「散歩の時は帰るのが遅いと言ったのに…
ドーラは我儘だね?」
「はぐらかすんじゃないのじゃ!
オスと居るのが嫌なら、そう言えばよいのじゃ!
それなら魔女を選ばなかったのじゃ!」
「…誤解しているようだけど…
今日だって主くんと過ごせて嬉しかったよ」
「なら、なん…っ…」
なんで、と問い詰めようとした時、
魔女から涙が零れるのが見えた
魔女が泣いてる姿を初めて見た
かなり驚いたが、
それ以上に本人が驚いた様子だった
「…涙まで出るようになってしまった…」
「…。」
「…限界かもしれないね…
…もう、正直に話そうか…
…私はね、ちゃんと主くんが好きだよ…」
零れる涙を拭おうともせず、
魔女は今の心の内を話してくれた
あの態度は皆に遠慮してたからだった
自身の気持ちを殺し、
無理やり遠慮しているだけ
それが冷たい態度に見えただけだった
「…私が本気にならないように…
…主くんが私に依存しないように…
…そう、気を付けていたんだよ…」
その話を聞き終わる頃には
自慢の爪も引っ込んでいた
魔女も悩んでいたのだ
その辛そうな表情を前に
怒りとは真逆に
魔女を助けたいと
そんな気持ちが溢れていた
魔女は大きく息を吐いた
その表情は相変わらずで
何かを諦めているような顔だった
「…此処を出て行こうか…
ドーラの言う通りにするよ」
「…わしの、言う通りじゃ?」
「なに、遠慮することはない
キスの代わりを見つけてからでもいいし、
今日、今すぐにでもいい
私は何処でも生きていけるから」
一瞬、空を見上げて考える
透き通った青色を見ていると
自分の心に素直になれる
不思議なほど冷静だった
「魔女もつがいになればよい」
「…なんだって…?」
「主を悲しませるくらいなら
そうなった方がきっとよいのじゃ」
「ちょ、ちょっと待ってくれドーラ
…私は母親なんだよ?」
言う通りにすると言った魔女は
かなり狼狽えていた
だが、もう決めた
ただし、三番目のつがいだ
それだけは忘れないで居てくれるなら
もう素直になれと、そう告げた
「…許されないよ、そんなの…」
「わしが許してるのに
誰が許さないのじゃ?リーフじゃ?」
「…。」
「リーフにはわしから説明するのじゃ」
「…でも…母親なんだよ…」
「だからなんじゃ?
好きなんじゃろ?」
「…でも…」
ぐちぐちと言い訳を続ける魔女
もう面倒だから
ずっと言わないであげた事も
我慢できずに言ってしまった
「こう言ったらあれじゃけど…
魔女が主を見てる目は
母じゃなくて、完全にメスのそれじゃった」
その言葉にかなり衝撃を受けていた
しかし、心当たりがあるのか
唐突に笑いだし、
やがて、晴れ晴れとした顔になった
魔女の雰囲気が変わった
空を仰ぐように身体を伸ばした後、
こっちを見ながら怪しく笑う
「なら、もう遠慮しないからね
今から私も主くんのお嫁さんだ」
「…三番目じゃぞ?」
「それは主くんが決めればいいだろう?」
「三番目じゃ!」
「仕方ないね
今日はそれでいいよ」
「ずっと三番目じゃからな!!」
「さっきは可哀想な事をしてしまった
…そうだ、今からデートの続きをしてこよう」
「どらぁ!?」
「おや、その驚き方は懐かしいね
でも思い出話はまた今度だ」
そう口にするや否や
止める間もなく玄関に向かって行く
その気になった魔女は
再びオスと出掛けるつもりらしい
これでオスも元気になってくれるなら
まぁ、良い事なんだろうが
この前、積極的にキスされると何か違う、と
森人が言っていたが
その言葉の意味がよくわかった
…。




