彼方の夢
夢を見た。
私が人間だった頃、一緒に旅をしていた恋人達の夢。
謎の疫病が蔓延し、穢れのない土地を求めて旅をしている最中、
恋人達が途中で旅を諦めると言い出した。
最後の時を二人で静かに過ごしたいと、確かそんなことを言ったはず。
皆が説得を試みたけど、二人の意思は固かった。
せめてもの見送りとして、結婚式を開いてあげる事にした。
教会も無いし神父も居ない、とても簡素なものだったけど、
それでも有り合わせの道具を使って、皆で精一杯の努力をした。
今考えても、あの二人が末永く幸せに過ごすのは難しかったと思う。
けれど、あの時、あの瞬間だけは誰よりも幸せそうな顔をしていた。
ドレスに見立てて仕上げた服を、嬉しそうに着る新婦の姿が印象的だった。
夢から目覚め、頬に伝う水滴に気が付いた。
主くんを見れば、まだ深く眠っているようだ。
私が寝てからあまり時間が経ってないように思えるが、
泣いた影響なのか、かなりすっきりとしていた。
もう一度眠る主くんの頭を撫でていると、
ドーラが部屋の外から声を掛けてきた。
「…魔女…大丈夫じゃ…?」
「ああ、大丈夫だよ。
まだ主くんが寝てるから、そっと入っておいで」
「…やっぱり身体の調子、悪いじゃ?」
「いや、どちらかと言えば良くなったよ。
生き物に戻ったみたい」
「寝込むのに、良くなったじゃ?」
「生き物は食べたり眠ったりする事が必要だ。
私はずっとその理から外れていたんだけど、
それがどういう訳か、治ったみたいだね」
ドーラは寝てる主くんをチラリと見たが、何も言わなかった。
それに、これは治ったという言い方でいいんだろうか。
落ち着いて考えれば心当たりはある。
多分、主くんとキスをしてるから。
皆が主くんに影響を与えているように、
主くんが私とドライアドに影響を与えている。
「多分、主くんがドラゴンになりかけたように、
私も人間になりかかっているんだろうね」
「魔女が人間にじゃ?」
私が木の中から自由になる為にドライアドの力も使い果たしていた。
本来なら森からゆっくり力を貰うはずなのに、
それを主くんから貰ってしまった。
おそらく、そんな感じなんだろう。
「でもとにかく、眠っただけで元気になったよ」
「それはよかったのじゃ」
「それとさ、ドーラにお願いがあるんだ」
「なんじゃ?水、もっと欲しいじゃ?」
「…少しだけ、言葉にする時間をくれないか」
これを言っていいのか、正直迷う。
主くんには何もしてあげられなかったけど、一応親のつもり。
しかし、こうして抱いていると違う感情が沸いてくる。
私はこの数日の間だけで、この子に恋をしてしまった。
「…少しでも嫌なら、断ってくれていいんだけどね?
…私も主くんのお嫁さんになっても、いいかな?」
「…。」
「ドーラから主くんを取り上げたりしない。
形だけで良い。
でも私は、この子のお嫁さんだと思って生きてみたい」
迷った末、そう口にすると再び涙が溢れてきた。
何を言っているんだとも思う。
ドラの親であり、主くんの親でもある私が本当に何を言っているんだ。
でも、好きなものは好き。
久しぶりに沸き上がる感情を、隠したままではいられない。
しばらく待ってもドラからの返事はなく、涙を自分で拭う。
「怒ったかい?…まぁ、当然だね…」
「…じゃって、つがいが増えたらちょっとは嫌じゃろ?」
「…うん、そうだね」
それが当たり前だと理解できる。
私がドラだって同じ気持ちになるだろう。
夢は夢のまま終わる事の方が多い。
お嫁さんにはなれなかったけど、
子を持つという夢は叶ったんだから、私は幸せな方だ。
そう、自分を慰める。
最後だからとドラが見てる前で主くんを強く抱き締める。
すると、ドラが静かに立ち上がった。
「…主には、自分で言うんじゃぞ?」
「うん?何をだい?」
「つがいになりたいって。
…主が良いって言ったら、まぁ、良い…」
「…だって、嫌なんだろ?」
「嫌じゃけど、魔女ならそんなに嫌じゃないのじゃ。
…これが少しは恩返しになるなら、わしも嬉しいのじゃ…」
「…そうか。ありがとうドーラ…」
「リーフには、わしから説明しとくのじゃ。
晩御飯までには、降りてくるんじゃぞ…」
ドーラはそう言って、振り返らず寝室を出て行った。
私は静かになった寝室で動けずにいた。
これが夢なら、少しでも動いたら覚めてしまいそうだと思った。
時間が経ち、布団を捲って眠る主くんの姿を観察してみる。
本当によく眠る。
多分、学んだことを整理する為に本能的に睡眠を必要としているからだ。
それを邪魔するのも気が引けるが、夜が来る前に話がしたい。
「…主くん、主くん…」
「…んん…。…おはよう、フローラ…」
「私よりも眠っていたよ」
「…そうだ、先に眠っちゃったんだ。
フローラは眠れた?」
「よく眠れたよ。主くんのおかげだね」
褒めながら撫でると無邪気に笑う。
これから気持ちを伝えたらもう笑ってくれないだろうか?
もし断られたらと、そんな不安もある。
「フローラ?まだ調子悪いの?」
「…あ、ああ…大丈夫だよ…」
考え事をして、撫でる手が止まっていた。
しかし、ドラがくれた機会を生かさなければ。
正直に、私の思いを主くんに伝えよう。
「…主くんにお願いがあってね?」
「なに?」
「…少しでも嫌なら、断ってくれていいんだけどね?」
「うん」
「…私も、主くんのお嫁さんにしてくれないかな」
「僕は嬉しいよ。でも、返事はドーラに聞いてからでいいかな…」
「ありがとう、主くん」
強く抱き着き、勝手に唇を奪った。
急な事に驚いていたが、応えてくれる君が好き。
「ドーラはね、さっき良いって言ってくれたよ」
「ほんと?ならフローラもお嫁さんだね」
「ああ、よろしくね主くん。
…三番目でいいから、大事にしてね」
「うん、大事にする。
…フローラ?泣いてるの…?」
「…大丈夫。…だけど、少しこのままで居させてね…」
私も、夢に出てきた新婦のように笑えているだろうか。
笑えてはいるけど、泣いてもいるから、きっとひどい顔になってる。
それを見られないように、
落ち着くまでこうして抱き合って過ごそうと、腕に力を込めた。
…。




