↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/82

忘れてしまった眠り方

♢


フローラという名前は知っている。

魔女と名乗るようになる以前の、ただ純粋な人間だった頃の私の名前だ。

どうして主くんが知っているのかはわからない。

でも久しぶりに名前を呼ばれた瞬間、色鮮やかな感情が蘇った。



「…私でいいの?」

「僕が選んでいいなら、フローラがいい」

「そう。嬉しいよ主くん」



愛しくてもう一度主くんを抱き締める。

だが視線を感じて振り向くと、

口をパクパクと動かしながら私を指差すドラが目に映った。



「な、な、…なにしてるのじゃ!」

「キスだよ。知ってるだろ?」

「どうして魔女がキスするのじゃ!」

「私にしようって言ったのはお前達じゃないか。

 願ったり叶ったりだろ?」

「でも主はフローラって言ったのじゃ!」

「ああ、フローラは私の名だ」

「…魔女は、魔女じゃろ…?」

「昔の名前なんだ。説明するからとりあえず座ろうか」



早々に主くんと隣同士で座る。

すると渋々正面に二人が座り、ジトっとした目で見てきた。

それを軽く無視し、まずは主くんに名前の件を問う。



「主くん。どこでその名前を知ったの?」

「えっと、さっき僕が決めていいって言われた時かな?

 急に頭に浮かんできた」

「そっか」



主くんが身体の中に居る間に言葉は延々と聞かせていた。

今まで私がしてきた会話を聞かせ続け、言葉を覚えられるように。


でも名前を言った記憶が無い。

一度くらい言っただろうか?

名前という概念を教える際に、例えとして口にしたかもしれないけど、

その程度の事を主くんが覚えてるとは思わなかった。


人間にとって魔女とは異端の存在を呼ぶ蔑称に近い。

それでも、私は魔女と呼ばれる事を気に入っている。


それでも、名前で呼ばれると"私"だけが呼ばれているみたいで、

本当の私を呼んでくれているようで、なんとも感慨深い。


「とにかく、名前を憶えていてくれて嬉しいよ。

 …そんなわけで、私も恋人でいいね?」

「なっ!そんなのダメじゃ!」

「でも、定期的にキスをするんだよ?

 できれば一日一度くらいした方が安心だ。

 そうなったら恋人みたいなものだろう?」

「そんなにする必要があるのじゃ!?」

「正確に言えば、ドーラがした日にした方が良い」

「…むぅ…それなら毎日じゃな…」



その後、私を恋人と位置付けるかどうかで軽く話し合った。

でもドラは恋人だと確定させるのが嫌なようで、

結局、その辺はうやむやになった。


私も主くんとキスをするようになって数日が経過した。

私の事を最初はドラ達もかなり警戒していた様子だけど、

キスの他には何もしないとわかったのか、だんだんと落ち着いてきた。


ただ、私自身に問題が起きた。

朝から立つのも辛くなるほど、体調がかなり悪い。


ここ最近、なんとなく身体に違和感を感じていた。

それが日に日に強くなり、誤魔化せないほどになっていた。



「ドーラ。すまないがベッドを借りていいかな?」

「魔女?かなり顔色が悪いのじゃ。…大丈夫じゃ?」

「多分、寝れば治ると思うから」

「わしが運んであげるのじゃ」

「いや、自分で歩けるよ。

 皆は普通に過ごしていなさい」



それだけを告げ、すぐに階段を上った。

無事に寝室に着き、さっそく窓際のベッドに横になってみる。


身体の力を抜くと幾分か楽だ。

久々すぎてこの違和感が眠気かどうか怪しかったが、正しかった。


なら少し寝れば回復してくれるはず。

そう思ったのに、眠り方を忘れてしまったようだ。


どれほどの時を眠ってないんだろう。

どうやって眠っていたか思い出せない。

とりあえず目を閉じて静かに過ごしていると、

誰かが静かに近寄ってくる足音に気が付いた。



「フローラ、大丈夫?

 水、持ってきたんだけど…」

「ああ、主くん。ありがとう」

「邪魔だったら水だけ置いてすぐ戻るからね」

「邪魔だなんてとんでもないよ。少し話そう」



足音は主くんで、水を運んできてくれた。

身体を起こしてその水を口に含む。

喉が潤っていく感覚もなんとなく懐かしい。

そこで自分が初めて喉が渇いていた事に気が付いた。



「気が付かなかったけど、喉が渇いてたみたい。

 とても助かるよ。ありがとう」

「うん…。…ねぇ、フローラはどこか悪いの?」

「眠いのに、眠れなくてね。

 でも、水のおかげでかなり楽になった気がする。

 …多分、今度は眠れると思うよ」



半分は嘘。

水で楽にはなったけど、相変わらず眠り方がわからない。

でも正直に話して主くんに心配を掛ける事もないだろう。



「…僕も一緒に眠る」

「…主くん…?」



主くんは私からコップを奪い、ベッドに寝かせた。

その後すぐ、布団に身体を潜り込ませてきた。

突然の事に驚いたけど、主くんなら、いいかなとも思う。



「…フローラ、いいよね…」

「…ああ、いいよ…」



主くんが抱き着いてくる。

初めての事だから多少緊張はするけど、抵抗することなく身を任せる。

主くんの手が私の肩に触れ、いよいよ服を脱がされる。


つもりだったのに、主くんは一向に何もしてこない。



「…主くん…?」

「…。」

「…まさか本当に眠ったのかい?…何もせずに?…ふふ…」



おかしくて自然と笑っていた。

どうやら考えすぎだったみたいだ。


ベッドに入ってくるものだから、何かしたいのかと思った。

ドラに出来ないあれこれを、私にしてもいいと思ったのに、拍子抜けだ。



「…期待外れもいいところだけど、ゆっくりおやすみ…」



でも、抱き着いて眠っている姿は愛おしい。

そっと頭を撫でながら私も目を閉じた。

そのまま、眠る主くんの呼吸に耳を澄ませていると、

いつの間にか私も眠れていた。


…。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。