昔
何処から来たのか、それは自分も覚えていない
母竜の背中に乗って各地を巡り、
最終的に落ち着いたのがこの森だった
母は森での暮らし方を簡単に教えてくれた後、
自分を残して森から姿を消してしまった
森は食料も水辺も豊富で、暮らしていくのに問題はなかった
むしろ快適だったと思う
一人暮らしに慣れた頃、"魔女"と名乗る人物が現れた
自分からすればとても小さく、か弱そうな生き物だ
普通はドラゴンを見れば一目散に逃げるのが当たり前だが、
魔女は臆することなく自分に近づいて相談を持ち掛けた
「この大樹は…君の寝床かな?私に譲ってくれないか?」
突然の事に驚き、言葉に詰まったのを今でも鮮明に覚えている
寝床にしている大樹は雨風を凌ぐのにちょうどよかった
この森で一番立派な木で、一番お気に入りの場所だった
決断できずに渋っていると魔女が変な提案をしてきた
「この木を私好みに変えたいんだが…
…お前もこの木の中で暮らしてみたくはないか?」
正直、言ってる意味はよくわからなかったが
それでも最終的には大樹を譲った
理由は好奇心が半分、もう半分は一人に飽きていたからだ
許可した後、魔女は大樹に触れたまま動かなくなった
自分が寝ても覚めても魔女は立ち尽くしたままで何日も反応がなかった
魔女に動きはないが、気が付くと大樹がより大きく成長し、
数日後には元の数倍の大きさになっていた
やがて内部が空洞になり、扉や窓もでき始めた
やっと動き出した魔女は木の中に入りっぱなしだった
魔女が内装をいじっているのを小さい窓からずっと覗いていた
ただただ面白くて、いつまでも眺めていられた
内装も終わった頃、魔女が手招きをしてきた
「ドラゴンの姿では何かと不便だろう?
…そこでまた提案なんだが、私と同じ姿にならないか?」
そんな問いかけにあまり悩まずに返事をすると
魔女は不敵な笑みを浮かべ、見たこともない木の実をくれた
その実を飲んだ翌日、今の姿に変わっていた
最初は戸惑ったが…今となっては受け入れてよかったと思っている
一緒に暮らしてわかったが、魔女は不思議な生き物だった
魔女は食事をしないのに料理を教えてくれたし、
眠る必要がないと言ったのに一緒に眠ってくれた
母より優しく、常に一緒にいてくれる魔女
そんな魔女を母親のように感じるのに、時間はあまり掛からなかった
悠久とも思える時を魔女と過ごした
此処からやっと本題になるが、晩年の魔女はほとんど動かず、
話しかけた時だけ返事をするようになっていた
そして突然、丘に連れて行ってほしいと言われた時に
魔女の最期を悟った
願い通りに魔女を抱き抱え、丘に連れてきた
久しぶりに動いた魔女が丘の木に触れる
すると、すぐさま魔女の手が木に飲み込まれていった
"この木になって、ずっと見守っているよ"
それが、魔女の最期の言葉だ
…。