思い出の丘
食事が終わり、お腹が満たされた。
満足感から放心状態になり、なんとなく空になったお皿を見つめる。
ふと我に返ったのは、彼女の嬉しそうな笑い声が聞こえたからだ。
「…くふふ…全部、綺麗に食べてくれたのじゃ。
…食べて貰うのは、嬉しいものなんじゃな。…ありがとうじゃ…」
ありがとうと、彼女は言った。
お礼を言わないといけないのはもちろん僕の方で、
そもそも助けて貰ったお礼も、まだ言えてない。
慌てて僕もお礼を伝えようと思った。
けど、どれから伝えれば言えばいいのか考えがまとまらない。
「…ねぇ、色々とその…、
…僕の方こそ、ありがとう…」
本当はもっとちゃんと、一つずつお礼を伝えたかった。
でもどうやって言葉にすればいいのかわからない。
結局、全部をひっくるめた中途半端な言い方にしてしまった。
そんな拙いお礼を聞いた彼女は、また嬉しそうに笑ってくれた。
それから機嫌が良さそうに食器を重ね始める。
「洗い物をしてくるから待ってて欲しいのじゃ」
「…手伝いたい。僕にもできるかな」
「気持ちは嬉しいのじゃ。
でも、今はこのまま座って休んでて欲しいのじゃ」
「でも僕も食べたし…」
「…お願いじゃから、安静にして欲しいのじゃ…」
僕も彼女に倣い、立ち上がろうとした。
しかし彼女は僕の手に触れて、それを制止した。
それに加え、お願いと言われたら諦めるしかない。
せめて安心して貰えるように、素直に休んでると口にした。
それを聞いた彼女は、ホッとした様子だった。
結局、一人で食器を持って調理場に向かう彼女を見送った。
することもないので、なんとなく部屋全体を見渡す。
色々な物があるけど、どれも丁重に綺麗に片付いている。
ほどなくして彼女が戻って来た。
今度はすぐ洗い物のお礼を伝えようと思ったのに、
彼女の方が先に口を開いてしまった。
「御主はこれからどうするのじゃ?」
「これから?…どうしよう…」
その問いかけにお礼を一瞬で忘れてしまう。
僕は、これからどうすればいいんだ。
途方に暮れる僕に、彼女はある提案してくれた。
「…もし、歩くのに不安がないなら、
御主が倒れてた場所に案内してあげるのじゃ」
すぐに彼女の提案を受け入れた。
確かにその場所を見れば、何か思い出すかもしれない。
そんな希望を持って、彼女と一緒に玄関から外に出る。
外に出ると、大きくて立派な木々が立ち並んでいた。
その大きさに興味を惹かれ、近づいて触れてみる。
ずっしりとした感触が、なんとも言えない安心感を感じさせる。
「大きいね」
「後ろを見るとびっくりするのじゃ」
「後ろ?…わぁ…」
彼女の言葉に振り返る。
そこには、信じられないほど巨大な大樹が聳え立っていた。
見上げても全貌がわからないほどの巨大すぎる大木。
根元には今出てきた玄関が見える。
つまり、僕は今までこの大樹の中で過ごしていたわけだ。
言葉にできず、大樹に魅入っていたけど、
しばらくして彼女に促され、森の奥へと歩き出す。
木漏れ日の溢れる森の中をゆっくり歩く。
森では様々な物が目に映る。
赤い木の実や不思議な形の葉など、興味を惹かれる物が多い。
見かける度に足を止めると、彼女が色々と教えてくれた。
「それはさっきのスープにも入ってたのじゃ」
「これ?そういえば食べたような…?」
「そのままでも食べられるんじゃ。
でも、火を通さないとちょっとだけ苦いのじゃ」
彼女が森に詳しくて、知らない植物は一つもなかった。
話が面白くて、今から行くべき場所があるのも忘れていた。
そうして道草の限りを尽くして、ようやく森を抜ける。
この一帯は小高い丘で、
中心に木が一本生えているだけの、見晴らしのいい場所だった。
その木を目指して一歩、また一歩と近づくたびに何かを感じる。
なんだか、胸が締め付けられる感じがする。
木に辿り着く頃には、なぜかボロボロと涙が溢れていた。
彼女はそれについては何も言わず、ただ座って休もうとだけ言ってくれた。
泣いている間、静かな時間が少しだけ流れた。
「…それで、何か思い出せたのじゃ?」
「…いや…何も…」
しばらくして、やっと落ち着いた僕に彼女がそう聞いてきた。
涙が出る程、何かを感じた。
でも、それだけだった。
思い出せた事は何もない。
そう告げると彼女も残念そうだった。
こういう時、何を言うべきなんだろうか。
期待させてごめんと、謝るべきなんだろうか。
そう悩んでいると、彼女は此処が一番好きな場所だと教えてくれた。
その理由は、この木には魔女の亡骸が埋まっているからだと言った。
「そんな大事な場所に座っちゃっていいの?」
「下に埋まってるわけじゃなくて、この木が…、
ちょっと長くなるけど、昔話をしても、よいじゃ…?」
彼女の事が知りたい僕にとっては願ってもない話だ。
頷くと、彼女は最初こそ嬉しそうに話してたけど、
すぐに懐かしむような表情に変わり、空を見上げ始めた。
…。




