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大事な話

魔女もお茶が気に入った様子だった。

お茶を淹れて戻ってきてから、行商とずっとお茶の話ばかりしている。

それは別にいいのだけど、そろそろオスの話が聞きたい。



「…魔女、そろそろ主の事を教えて欲しいんじゃ。

 本当に魔女が産んだのじゃ?」

「ああ、そうだったね。

 主くんは私の子で間違いないよ」

「いつ生んだのじゃ?父親は誰じゃ?」

「産んだのは最近。

 残念だけど父親は居ない。私だけで産んだからね。

 ドーラと暮らしている間も身体の中に居たんだよ」

「わしと暮らしている間もじゃ?」



魔女と暮らしたのはずっとずっと前。

もう当時の暮らしを鮮明に思い出すことは出来ない。

それでも、あの時の魔女の中にオスが居たなんて信じられなかった。



「丘の木に連れて行ってもらっただろう?

 あの頃、主くんが育って重くて動けなかったんだ」

「…どらぁ?」

「その鳴き声も懐かしいね。

 もう一度、最初からゆっくり説明しようか?」

「…頼むのじゃ…」



簡単に要約すると、

自分と暮らしてる間に魔女は自身の中でオスを生み、

お腹の中で育てながら、同時にゆっくりと教育をしたそうだ。



「私の身体の動きに合わせて、中の主くんも動いてた。

 だから身体の動かし方も最初からわかっていたはずだ」

「確かに最初から歩けたりはしてたのじゃけど…。

 …なんでそんな事したんじゃ?」

「赤子のまま産むと死んでしまうと思った。

 私は乳が出ないから、こうするしかなかったんだ…」



話ながら、魔女の声は暗くなった。

すると魔女はもう一度、深く頭を下げた。

今度は自分に対してではなく、オスに向かって。



「…子供時代を奪ってしまったのは、私の不甲斐なさだね。

 …本当に、すまない事をした…」



オスはじっと魔女を見ている。

魔女をどう扱っていいか迷っているように見えた。

それでも表情は優しいままだ。



「…僕はまだ、よくわかってないけど、

 産んでくれたのが魔女さんなら感謝しかしてないよ」

「…主くん…」

「ドーラと出会えたから、それだけで嬉しいんだ」

「…そう言ってくれると救われるよ」



表情がないはずなのに、魔女は泣きそうに見えた。

だが胸を撫でおろしてため息を吐くと、すぐにいつもの無表情に戻る。



「それで、いざ身体から出したのはいいんだけど、

 私が動けるまで想像より時間が掛かってしまってね」

「じゃから、わしを呼んだのじゃ?」

「直接声を掛けた訳じゃないけど、私の祈りが通じたのかもね」



魔女の話を聞きながら何かが頭に引っかかっている。

重要な何か。

それに気づいた瞬間、思わず立ち上がっていた。



「…あっ!なら主を奪いに来る奴は居ないって事じゃ!」

「うん?急にどうしたんだい?

 奪いにくるってなんだい?」

「主は記憶を無くしてると思ったのじゃ!

 じゃから、先につがいが居たら、主を迎えにくるかもと思ってたのじゃ!」

「ハハッ、なるほどね。

 ずっと眠っているような状態だったから、本当に記憶がないだけだよ」

「主!…ほんとによかったのじゃ…。

 …もうずっとずっと、わしの主じゃ…」

「そうだねドーラ…よかった…」



どちらからともなく、強く抱き合った。

今、本当の意味でオスを手に入れた。


記憶が戻って怖がられる心配もない。

邪魔者は存在せず、このオスは何処にも行かない。

全部が無事に終わった。

そう思うと涙が止まらなかった。


かなり長い時間を抱き合い、泣いていた。

ふと見れば行商も目が赤く、一緒に泣いていたみたいだ。

それが嬉しくて、行商とも喜びを分かち合おうと思ったけど、

とりあえず、今はもっとオスの話が聞きたい。



「…魔女はどうして、主を産んでくれたのじゃ?」

「ずっと自分の子供が欲しかったんだ。

 もちろん、ドーラも私の娘だと思っている。

 ドーラを育て、共に暮らせた事は幸せだった。

 けれど、可能ならどんな形でも自分で産んでみたかった」

「なるほどじゃ。

 …魔女、大事な話があるのじゃ」

「なんだい?なんでも言ってごらん」

「主とつがいになりたいのじゃ」

「ああ、いいんじゃないかな?

 二人が仲良くしてくれると私も嬉しいよ」



魔女にオスとつがいになる事を認めてもらった。

仮に断られても聞く気は無いけど、できれば認めて欲しかった。

喜びで胸がいっぱいになる中で、魔女が想定外の言葉を言い放った。



「でも、まだキスはしちゃダメだよ?

 主くんがドラゴンになってしまうからね」

「…なんじゃって…?」



今まさにしようかと思っていたところだ。

困惑した顔でオスと見つめ合っていると、魔女も悟ったようだった。



「なんだい?その反応は…。まさか、もうしてるのか?

 あれほど身を固くしておけと言い聞かせたじゃないか」

「じゃ、じゃって…」

「…でも、軽く触れるようなキスだろう?

 それじゃなくても、数回程度ならまだ間に合う…」

「…。」

「…手遅れか」



魔女は心底困ったように頭を抱えてしまった。

その様子に自分が大きな失敗をしたと理解した。

何をどうしていいか、わからない。

狼狽する自分を他所に、行商だけが魔女を力強く見つめていた。



「それ、もっと詳しく教えてくれませんか?

 どうしてキスするだけで主さんがドラゴンになるんですか?」

「…それについては、私の身体から説明する必要があるね。

 …長くなるけど、いいかい?」

「構いません。なるべく詳しくお願いします」

「ああ、わかった」



魔女は淡々と自分の過去を語りだした。

魔女は元々、人間という種族だった。

人間はある日を境に流行り病が蔓延し、絶滅の危機に陥った。



「真実はわからない。

 でも当時、原因は土地が汚染されたからじゃないかって話だった。

 私が暮らしてた集落も安全な場所を求め、全員で旅に出た。

 だが、結局原因がわからないまま一人、また一人と倒れた。

 そして、ついに私も病を患ったんだ」



病に倒れた人間はその場に置いていかれる。

それが当たり前で、何度も目にした光景。

魔女も例に違わず、そうなった。



「…同じ集落の奴を恨まなかったのじゃ?」

「恨まないよ。仕方なかったんだ。

 私だって何人も見捨ててきた。

 ただ自分の番が来ただけだと、そう思った」



死を受け入れた魔女は重い身体を引きずるように死に場所を探し、

理想的な場所を見つけた。



「たまたま、私が一番好きな花が咲いているのを見つけられたんだ。

 枯れかけてたけど、でも、まだとても綺麗で…。

 その花の近くで、逝こうと思った。

 私の身体が、その花の養分になればいいなと思った。

 だが、その花にドライアドという精霊が宿っていたらしく、

 気が付いたらこの身体になってたんだ」



ドライアドという名前は知らなかった。

けど、行商が異常なほど慌てだす。



「魔女さんドライアドなんですか!?」

「融合してるみたいなんだよね。

 私の中にもう一つの意思、ドライアドの意思もあるよ。

 ドライアドからすれば、生命力だけを私にあげるつもりだったらしい」

「ドライアドってなんじゃ?」

「知らないんですか!?森の生みの親ですよ!」

「へぇ~、すごいんじゃな」

「…ほんとにわかってます?でも、実在するなんて…」

「森人にはそう伝わっているんだね」

「…違うんですか?」

「森だけじゃなくて、全てを生み出したんだ」



魔女曰く、この世界に最初に誕生したのがドライアド。

やがてドライアドは森を、獣を、人間を生み出した。

だが、ほとんどの生物は何が原因かもわからないまま、

絶滅の道を進んでしまった。



「その後、森に適した森人や、水に適した海人を生み出した。

 それでも沢山の種族が生まれ、消えてもいったけどね。

 そうしてようやく、今の生命溢れる世界になったんだ」

「…魔女さんもそんな力があるんです?」

「いや、原初のドライアドにしかできないよ。

 私は長い年月を経て、たまに実を生み出せるんだけど、

 その実を使ってできた事は大樹を大きくした事と、

 ドーラを小さくした事と、主くんを生んだ事だ。

 もうほとんど力は残ってない」

「十分すごいですよ!」



行商は魔女の話を真面目に聞いて色々質問してた。

でも、自分が知りたいのはオスがドラゴンになる理由だけ。

なんでもいいから、早くその理由を教えて欲しかった。


…。

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