記憶がない理由
魔女とリーフは世間話をしているようだ
断片的な会話しか聞こえなかったけど
楽し気に、友好的に話をしている
「えっ!
…じゃ、魔女さんって…」
「そう、珍しいだろう?」
「私、魔女さんに会えて嬉しいです!」
「そう言ってくれると嬉しいよ
…おや、そろそろ夜が来るね」
いつの間にか外が薄暗くなっていた
魔女は会話を切り上げて
玄関に向かって歩き出す
「…魔女、何処にいくのじゃ」
「明るくなったらまた来るよ
詳しい話は明日にしよう」
魔女は止める間もなく外に出ていった
ドーラが慌てて玄関から外を覗いたが
既に姿はなかったそうだ
僕達には落ち着く時間が必要だった
魔女は確かにドーラの知っている魔女で
姿が見えなくなった後から混乱し、
頭の整理が追い付かないようだった
ドーラは食事をしている間も
お風呂から上がった後も
気になって仕方ない様子で
何度も窓から外を覗いていた
「丘まで散歩しに行こうか」
「…いや、よい…
…ただ、一緒に居てくれたらよい…」
気にはなるけど外に行くのは怖いようだ
気が済むまで一緒に外を眺めている間、
リーフも何も言わずに近くで待っていてくれた
今日はドーラが真ん中で眠るようだ
背中側から抱き着くと
尻尾を僕の足に絡め、
準備が整ったとばかりにリーフに詳細を聞いた
「リーフは魔女と何話してたのじゃ?」
「あ、そうそう
魔女さんってドライアドなんですね」
「…それはなんじゃ?」
「知らないんです?
森の精霊と言われてるんですよ」
ドライアドは非常に珍しい存在で
その点ではドラゴンの遥か上を行くようだ
実際に会った事のある者は皆無で
一説には既に絶滅したのではと
そう噂されるほどだった
「聞いたことなかったのじゃ」
「でも半分だけって言ってたのがよくわからなくて…
明日、また来てくれるんですかね」
「魔女は嘘をつかないから多分来るのじゃ」
「なら明日、詳しく聞いてみますね」
聞きたい事が沢山できた
なので早めに眠って明日に備える事にした
翌日の朝食が終わる頃、
見計らった様に魔女が現れた
リーフが気を利かせてお茶を用意すると
物珍しそうに匂いを嗅いだ
「いい香りだね」
「魔女さんもお茶好きですか?
ドーラさんに教えなかったんです?」
「いや、実は味覚が鈍くてね
口頭でお茶の味を教えるのは難しいだろう?
だから、教えられなかった」
「…そうですか…」
「でも、匂いはちゃんとわかるよ」
味覚が鈍いと言った魔女も
お茶が本当に気に入ったらしい
少量ずつ口に運んで
何度も香りを楽しんでる様子だった
穏やかな雰囲気で
半分ほどお茶を飲んだ魔女は
改めてドーラに話しかけた
「さて、何から聞きたい?」
「魔女は主を知ってるのじゃ?」
「知ってるよ
私の子だからね」
「…魔女の子供じゃ?」
「そうだよ
でも、普通に産んだ子じゃないから
残念ながら父親は居ないんだ」
「…なら、誰かが主を奪いに来る事は
ないって、事じゃな?」
「ないね」
「…ならこれで安心して暮らせるのじゃ!」
それを聞いたドーラは大いに喜んだ
まだまだ聞きたい事はあるけど
一番の心配事が無くなった事に
皆、何処か安堵した
記憶がない理由もわかった
忘れている訳じゃなくて
生まれたばかりだから
記憶そのものが無くて当たり前らしい
丘の木の中で成長し
あの日、ドーラに拾われた日に
生まれたんだと
そう魔女が言った
「私は乳が出せなかったからね
赤子のまま産めば死んでしまうと思った
…けど、そうだね…
結果的には、長い間、閉じ込めてしまったわけだから…」
魔女はそこまで言うと
深々と頭を下げてから謝罪を口にした
「…本当にすまなかった…」
「や、やめてよ
僕は気にしてないっていうか…
ドーラ、どうしよう」
魔女は頭を下げたまま動かない
僕は謝られる意味がわからないから焦り
ドーラに助けを求めた
「魔女、主は怒ってないのじゃ」
「…まだ理解してないだけだよ
子供時代を奪ったようなものだから、
本当なら怒って当然なんだ」
「主はまだ子供みたいな感じじゃよ?
だからきっと大丈夫じゃ」
「…そうかい…?
…まぁ、もし怒りが沸いてきたら、
言ってくれたら、
君の気が済むまで何でもするよ」
ドーラの説得にやっと顔を上げてくれた
でもその表情はあまり晴れてはいない
それでも、お茶を飲んで気を取り直し、
僕達の質問に答えてくれた
ドーラとリーフが交互に質問を続ける
僕が口を開く隙はなかったけど
聞いてるだけで色々わかっていった
「生まれたばかりで
どうして話とかできるんですか?」
「知識は与える事ができた
植物は誰に教わらずとも成長できるだろう?
ドライアドの力を借りて、同じようにね」
「じゃが、知ってる事と知らない事があるのじゃ」
「それは…眠ったままだったからかな?
正直、私にもどこまで教えられているか…
…何か、暮らしていく上で
特別不便な事はあったかい?」
「…ん-と…
…とりあえずは大丈夫じゃったかな…?」
「それは何よりだ」
ドーラの言葉にホッとした様子だった
でも、まだ僕を見つめる瞳には
申し訳なさが残っているように見えた
…。




