意味のない遠回り
久しぶりの行商は一応無事に終わった。
でも、体調が優れない。
初日に森で野営をした日以来、ほとんど眠れていなかった。
できれば、街についた日に品物を集め終わりたかった。
でも肝心のパン粉が売り切れで、入荷まで一日待つ羽目になった。
あの日は仕方なく、いつも泊まらせてもらう得意先の店に行った。
「ミアさーん」
「おや?鱗の取引は済んだじゃないか」
「パン粉が売り切れで一日待たないといけなくって。
いつもの部屋、借りていいですか?」
「ああ、構わないよ。
あの大走鳥はいつも通り裏庭で寝かせていいさ」
此処はラミア族の友人が商いをしてる店だ。
色々な品を買い取ってくれる貴重なお店。
でも私はお店を利用しているというより、
このラミア族の"ミアさん"と個人契約をしていた。
その契約とは龍人の鱗をミアさんにしか売らない事。
でも代わりに高値で買い取ってくれるし、
更にお店の空き部屋をいつでも貸してくれる事になっている。
「そういえば、最近見なかったね?」
「そうそう、一時的に行商をお休みしてるんです。
今日は自分達で使う分のちょっとした買い物なんですよ」
「なるほどね」
「あ、でも安心してくださいね。
来る回数は減りますけど、鱗はまとめて持ってきます」
「それは助かるよ。やはり龍の鱗は美しい」
他愛のない話をした後、大走鳥を裏庭に連れていく。
空いてる小屋に案内し、木の実と水を与えてから自分の部屋に向かう。
窓から裏庭が見える部屋にしてくれるのは彼女の計らいだ。
とても気が利くし、この街で一番信用できる。
とりあえずベッドに横になり、一息ついた。
ただ待つのは苦手だ。
これが普段なら街に出てあれこれと品物を見て回る。
でも、今はそんな気分にはなれなかった。
今欲しい物はこの街に無い。
ただ彼に触れたい。
その日は森の中と違って眠れなかった。
近くに酒場があるのか、大勢の笑い声が少しだけ届く。
昔は僅かな喧噪があった方が寂しくなくていいと思ってたのに、
今はせめて、静かな森に帰りたい。
結局眠れないまま夜を過ごし、翌朝ミアさんにお礼を伝えて店を出た。
朝一番でパン粉を買いに行くと早すぎて入荷しておらず、
そのまま入荷まで待たせてもらった。
「悪いね嬢ちゃん。ほらお待たせ」
「いえ、何度もすみませんでした」
「いいさ!毎度!」
パン粉を買った後、予約してた残りの芋と塩を無事に購入した。
そのまますぐに街を後にする。
やっと帰れるんだ。
そう思うと気が緩み、疲労を感じてきた。
少し視界がぼやけ、集中できていない。
多分、出発の前日に徹夜したのも影響している。
彼に気持ちを伝えた時、かなり緊張したのも原因かもしれない。
あれから十分に身体も心も休めてない。
帰りも森で野営をするか、かなり迷った。
空を見上げれば天気も良くて風も乾いている。
これなら多分、雨の心配もない。
ならこれ以上は無理せず、休んで行こうと決めた。
真っ直ぐ平原に向かわず、迂回して森を目指す。
でも、森に着いても止まる気にはならなかった。
あと少し走れば、彼に会えると思ってしまった。
その結果、ただ遠回りしてしまっただけだ。
ほぼ一昼夜を走り続けた。
夜の森を大走鳥で走るのはかなりの神経を使い、疲れ果てた。
やっとの思いで無事に大樹に着いたものの、意識が朦朧としてる。
残った体力をかき集め、なんとか大走鳥から荷物を下ろしてあげる事はできた。
その後、すぐに地面に崩れ落ちる。
此処で、眠っちゃおうかな。
そんな考えが頭を支配する。
「リーフ!どうしたのじゃ!」
動けずにいると森から薪を沢山持った龍人達が現れた。
集めたであろう薪をばらまき、二人とも駆け寄ってくれた。
「リーフ?リーフ!」
「…だ、大丈夫です…ちょっと疲れてるだけで…。
…荷物、任せちゃっていいです…?」
「任せるのじゃ!
とにかく大樹に運ぶのじゃ!」
龍人に抱き抱えられながら寝室に連れて行ってもらった。
ベッドを借りるなら汗を流したかったけど、とても動けそうにない。
とにかく、意識があるうちに一言だけでもと口を動かした。
「…すみません、ありがとうございます…」
「今は気にせず、とにかく眠るのじゃ。
荷物は全部閉まっておくから安心するのじゃ」
「ゆっくり休んでね。おやすみリーフ」
「…はい…おやすみ、なさい…」
なんとかそれだけ口にできた。
二人に迷惑を掛けちゃったなと反省し、
ぎりぎりで繋ぎとめていた意識を手放した。
普段なら他人の気配に気づかないはずがない。
だから目が覚めて、彼の腕の中に居る事に心底驚いた。
「…えっ?…えっ…?
…主さん、ですか…?」
「…。」
彼は既に熟睡しているようだ。
辺りを伺うと窓の外も完全に真っ暗。
かなり長い時間を眠ってしまったようだ。
その証拠に、私の身体は既に彼の体温と混じって心地よい温かさになってる。
でもどうして私を抱いて寝ているだろう。
龍人は何処に行ったんだと思ったらすぐに見つかった。
耳を済ませれば、彼の背中から寝息が聞こえる。
という事は、これはまた龍人が提案した事なのだろうと、
色々察し、やっと落ち着いてきた。
ならこの状況を楽しもう。
せっかくだから龍人のように、彼の匂いも嗅いでみようかな。
そんな冗談を考えていると、逆に自分が身体を洗ってない事に気が付いた。
さっきまで龍人に感謝していたのに今は少し恨めしい。
彼に臭いと思われたらどうしよう?
此処を抜け出すのは惜しいけど、それどころではない。
一刻も早く彼から離れてお風呂に入りたい。
しかし、思いのほか彼が抱き着く力は強かった。
「…そんなに、私が大事ですか…?」
無論、その気になれば簡単に抜け出せる。
想像よりちょっぴり力が強かっただけ。
でもそんなに私が大事なら、もう少しこのままもいい。
そんな都合のいい妄想が楽しくて、ニヤけるのが止まらない。
彼の胸に顔を埋める。
龍人より私を抱き締めている状況が嬉しくて仕方ない。
彼が起きる直前までこうして過ごし、
それからお風呂に行ってもきっと遅くない。
無茶をした対価がこれなら、お釣りがくるくらいに幸せだ。
…。




