至福の時間
胸にわずかな寂しさはあるものの
久しぶりの行商は楽しかった
行きは順調そのもので
たまには一人の時間もいいと思えた
町について最初にすることは
龍人の鱗をお金に代える事だ
売るのは知り合いのラミア族
鱗は此処でしか売らないことを条件に
高値で買い取ってくれる契約になっている
なぜそんなに鱗が必要か尋ねると
彼女は色んな種族の鱗を集めており、
ラミア族の間では他種族の鱗を
身体に張り付けるのが流行っているそうだった
鱗の取引は順調だった
けれど、一番必要な塩を集めるのに手間取った
聞けば海からの輸送便が遅れているのと
たまたま町に在庫が少なくて、今は高騰中らしい
少しだけ買ってもよかったけど
質が悪い物が残っている場合があるからやめておいた
数日、様子を見る為に町に宿泊する
場所はいつも利用している顔なじみの宿
ピーちゃんと一緒に泊れるし、格安で食事付き
少し町の中心街から離れるだけで
不思議なくらい安くなる
移動手段がある私にとってはありがたいけど
確かに徒歩なら此処を選ばないかもしれない
二日ほど待つと輸送便が到着し、
無事に質のいい塩が買えた
到着したてが一番安いからと、
少々買い過ぎたかもしれないが
とにかく、これで帰る事が出来る
帰り道はなるべく町から離れたい
最近は聞かないが、
昔は沢山の荷物を持つ行商が
荷物を丸ごと奪われた事があったそうだ
私自身は被害にあった事もないし、
見た事もないけど
そんな噂がある場所で休む気にはならなかった
町で二日もゆっくりできたおかげで
森が遠くに見える場所まで休まずにこれた
夜通し移動したから
そろそろ仮眠をとってもいい頃合いだけど
まだ明るいし、ピーちゃんも元気だ
なので、とりあえず森まで急ぐ
森に入って少し進む
普段なら毎回のように休憩する場所に到着した
此処まで来ると気が抜けて疲れを感じる
前回に比べても、今回は荷物が多いから余計にだ
空を見ると天気も良さそうだし、
本来なら一日くらいゆっくり休むだろう
それは、わかっている
でも早く彼に会いたくなった
離れる分には寂しいだけだったのに
近づくとなると急に気持ちが抑えられなくなる
あと少しで会えると思うと
どうしても我慢ができなかった
ピーちゃんの為に少しだけ休息を取り
結局は再び移動を始めた
けれど、やはり身体が限界だったのか
大樹に着く頃には疲れ切ってしまった
もう眠る事しか考えられない
そんな状態だったけど
彼と龍人を見ると元気が出た
二人ともが優しく気遣ってくれた
荷物を運ぶのを手伝ってくれて
すぐに食事が用意される
お風呂も進められたけど
お腹がいっぱいになり、更に眠気が増している
本来ならベッドを借りる前に
汗を流すのが礼儀だろうけど、
明日謝って、洗わせてもらえばいいと
階段を上がった
寝室に着くと何も考えずに
薄明りで見えている窓際のベッドに倒れこんだ
柔らかくて落ち着く匂い
意識が無くなる直前に
それが彼と龍人の匂いだと気が付いた
(…こっちのベッドって…まぁ、いいや…)
もう何も考えられないし、動けない
二人の匂いに包まれると帰ってきた感じがした
ベッドに残る匂いの影響か
彼に優しく抱かれる夢を見れた
夢にしては妙に生々しくて
彼の体温もちゃんと感じる
最初はそれを堪能していたけど
昨夜お風呂に入ってないことを思い出し
急に恥ずかしくなって目が覚めた
目が覚めたはずだ
なのに身動きが取れず、しかも彼の体温が消えない
そう、私は現実でも彼に抱き締められていた
「…なっ、なん…」
なんで?と声をあげそうになった
でもどうやら真夜中だし
二人は熟睡しているようだから踏み止まった
少し手探りで状況を確かめると
彼は私を抱き締めていて
その彼の背中には龍人が抱き着いているようだ
自分の匂いを確認する
まぁぎりぎりといった具合だけど平気そうだ
なら、この状況を楽しんでしまおうか
身体を丸めながら彼に身を寄せて
全身をできるだけ包んでもらう
「…えへへ…」
笑い声が我慢できないほどニヤけてしまう
守られてるみたいだし、
それに、これはありえない妄想だけど
龍人より私の方が大切にされていると
そんな気分を味わえた
できれば朝まで起きていたかった
なるべく長く楽しみたかったのに
無理をした身体はまだ回復してなくて
そろそろ限界のようだ
眠ったらもったいない
でも、彼の腕の中で熟睡するのも
きっと悪くない
ならせめて早く起きてから
もう一度、彼が起きるまで楽しもうと思った
私が目を覚ました時、彼は既に起きていた
けど相変わらず
彼は私を抱いたままで居てくれた
「起きた?狭くてごめんね
ドーラがまだ寝てて動けないんだ」
「おはようございます主さん
私はこのままの方が嬉しいですよ」
「ほんと?
ドーラが言ってた通りだ」
まぁ現実的にはそうだろう
彼の意思で私を抱いていた訳じゃない
それは少しつまらないけど
でも、拒否もしなかったのは事実だ
「…あの…買い出しのお礼に…
…ちょっと我儘聞いて欲しいんです、けど…」
「僕に出来る事ならいいよ」
龍人が寝ている間だけでも
彼にこうして甘える事ができるのは幸せだ
出来るだけ強く抱き寄せてもらったり
頭や背中を優しく撫でてもらった
こうして束の間だったけど
至福の時間を過ごすことができた
…。




