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真夜中、二人

現在、行商は休業中ではある。

でも、大樹で食べる分は買いに行く必要があった。



「ん?街に行くじゃ?」

「ええ。遅くても五日くらいで帰ってきますけどね。

 パン粉と芋と…塩くらいですかね?」



いつもは勘を頼りに物資を持ってきていた。

今回はじっくり確認し、他に必要がないか調べる。

その間、彼と龍人がこそこそ何かを相談していた。



「これから泊まりで湖に行くのじゃ」

「これからですか?

 さっきピーちゃんに乗ってきたばかりじゃないですか」

「夜の湖をリーフに見せたいのじゃ」



龍人が言うには夜の湖は綺麗で、それを見て欲しいそうだ。

家が近いのにわざわざ野宿する必要もないと思う。

でもそこまで勧められたら興味が沸いてくる。



「夜の湖、主さんも好きなんですか?」

「好きだよ。すごく綺麗なんだ。

 リーフがしばらく居ないなら皆で一緒に見たいな」

「…ん~…。…せっかくのお誘いですから行きましょうか?」

「やったのじゃ!すぐ準備するのじゃ!」



龍人達は慣れた様子で毛布やパンを用意し始めた。

その間に私はお風呂を済ませる。

数日間は入れない事を考慮し、少し長めに楽しもう。

もうお風呂無しでは生きられない身体になってしまった気がする。


お風呂から戻ると龍人達はまだ調理場で何かをしていた。

後ろから覗き込むとなぜか木の実を炒っているところだ。


私は必要があれば使うけど普通の森人は火を使う事をあまり好まない。

そんな環境で育ったせいか、初めて見る食べ方だ。



「それ、なにしてるんです?」

「これは主の好きな木の実を炒ってるのじゃ」

「美味しいんです?」

「美味しいよ。

 夜の湖に行った時にドーラが作ってくれたんだ」



そう言いながら彼が一粒つまみ食いした。

それを私も真似てみる。

香ばしい風味が増して、悪くない。



「あ、これ美味しいですね。

 どうして普段から作らないんです?」

「前はたまに作ってたのじゃ。

 でもなんとなく、湖に行く時のお楽しみにしようってなったのじゃ」

「そういうの、なんだかいいですね」



思い出の味なんだろうな。

いつでも食べられるとありがたみも減ってしまうから気持ちはわかる。

でも、かなり美味しい。

交代で龍人達がお風呂に行っている間、もう一粒だけこっそりと食べた。


二人が戻るのを待ち、

大走鳥にたっぷりと餌をあげてから各々が荷物を持って湖に向かう。



「大荷物ですね」

「下に敷く布と、暖を取る為の毛布じゃ。

 主が寒かったら可哀想じゃ」



行商で重い荷物を運ぶのには慣れてる。

でも毛布などは大きくて嵩張(かさば)るから大変だ。

普段より少し苦労して湖に着く。

そろそろ日が暮れる良い時間だ。



「あ、ドーラ。夜鳥を見つけたよ」

「主も見つけるのが早くなったのじゃ」



彼は嬉しそうに夜鳥を見る。

普通、あの鳥を見たら一目散に逃げるように教わるはずなのに、

彼にはその傾向が欠片も見られない。



「じっくり見ると意外と可愛い鳥ですよね」

「ピーちゃんの方が可愛いのじゃ。

 とりあえず、食事をしながら夜を待つのじゃ」



地面を慣らし、簡易的に野営の場所を作る。

辺り少しは薄暗くなり、夜鳥も沢山集まってきた。


食事は焼き直したパンと炒った木の実。

スープも無くて簡素だけど、違う環境で食べると美味しく感じる。


やがて辺りは暗くなり、夜鳥が一斉に飛び立つ。

そして、夜の湖が姿を見せた。



「…はぁ~…。これは綺麗ですね…」

「来てよかったじゃろ?」

「誘ってもらってよかったです!

 これは何度も来たくなりますね~」



夜は視界が奪われるから恐ろしい。

夜目が利くとしても、そのイメージは変わらない。

でも此処は水面に星明りが反射して明るくて綺麗だ。



「…落ち着きますね…」

「落ち着くよね。

 初めて夜に来た時から此処が一番好きなんだ」



今、暗い寝室で目を閉じると余計な事まで考えてしまうだろう。

こうして揺れる水面を眺め、水の流れる音を聞いていると、

久々に心が静まって癒されていくようだった


もっと、色々な事を単純に考えてもいいのかもしれない。

彼の記憶がどうとか、お嫁さんにしてくれるのかとか。

そんなことは一旦忘れて、ただ、彼に好きだと伝えたい。


私の気持ちを知ってくれれば、それでいい。

そんな風に思えた。



「あれ?ドーラ、もう寝ちゃった?」



龍人はさっきまで彼の隣で湖を見ていたはず。

気が付けば彼の足を抱き枕にするようにして眠っていた。



「せっかく来たのにもう寝ちゃったんです?」

「あはは、ドーラは夜に来るとすぐ寝ちゃうんだ」

「落ち着くから気持ちもわかりますけどね。

 ちょっともったいない感じもしますけど」



でもまぁ、龍人は見慣れているのかもしれない。

私と彼が来る前からきっと一人で眺めていたのだろう。

その時、龍人が一人で何を思っていたのかは想像もできない。



「主さんも眠ります?」

「いや、僕はもう少し起きてるよ」

「じゃ、私とお話しながら眺めましょ」



龍人に毛布を掛け、彼の少し近くに座り直した。

何を話そうか考え、行商や街のあれこれを話すと彼はとても喜んだ。

その中で特に興味を示したのは龍人の鱗の使い道だ。



「ドーラさんの鱗はある種族に人気なんですよ」

「綺麗だもんね。どういう種族に人気があるの?」

「ラミア族っていう、下半身がドーラさんの尻尾みたいな種族です」

「うん?想像できないや」

「ふふ、まぁそうでしょうね。

 彼女達にも鱗があって、他種族の鱗を貼るのがおしゃれなんですって」



会話が続き、楽しいひと時が緩やかに流れる。

話が一段落し、ふいにお互いの言葉が途切れる。

夜が深まり、湖が一段と綺麗に見える。


だけど、寒さもより一層増している。

少しだけぬくもりが欲しくて、彼の手に自分の手を重ねた。


彼は何も言わないでくれた。

それから龍人の真似をしてゆっくり指を絡める。

私の動きに彼は静かに応えてくれる。


だから、心が通じてる気がした。

そんなはずないのに。



「…あの、ずっと言いたい事があって…」

「僕に?なんだろう」



彼の視線が湖から私に向けられる。

その目を見るともう我慢ができない。



「…私、主さんの事…好きになっちゃったんです…」

「…。…それは…」



彼は少し困ったような声を出した。

そして拒絶か、または龍人への気遣いか。

どちらかわからないけど、手を離されそうになる。

だから私は慌てて、手に力を込める。



「…待って!

 一言だけ聞いて、それから手を離すか決めてください…」



急にこんな話をされて彼はきっと困惑してる。

でも私だって後に引けない。

怖くて震えそうだけど、まだ一応手は繋がっているから耐えられる。

まだ、希望はある。


でも何を伝えればいいんだろう。

どれだけ貴方を好きなのかを説明するか、

私と仲良くする利点を伝えるべきか、

色んな考えが、浮かんでは消えていく。


散々悩んだ結果、

大きく深呼吸して、思いを込めて彼を見つめる。



「私が主さんを好きだって事は、ドーラさんには伝えてあります」

「…え?」

「ドーラさんは知ってるんです。

 それでも、一緒に暮らそうって言ってくれました」



少しの間、沈黙が流れる。

今の答えで正解だったのだろうか。

彼は、まだ何も言わない。


彼が手を離す素振りをした。

一瞬、血の気が引いて泣きそうになったけど、

それはちゃんと手を繋ぎ直してくれる為の動きだった。



「…そっか、ドーラは知ってるんだ…」



彼はそうぽつりと呟いた。

その後、大きく息を吐いて私を見て笑ってくれた。

よかった、最悪な事態にはなってない。



「急にこんなことを言って、ごめんなさい…」

「ううん。気持ちは嬉しいよ」

「…後、これもドーラさんには伝えてあるんですけど…。

 …ドーラさんから主さんを奪おうなんて、考えてないんです…」



彼は静かに話を聞いてくれた。

一見、彼の反応は素っ気ないようにも感じる。

でも繋いだ手から彼の優しさが伝わってくる。

だから素直に気持ちを伝えられる。



「…恋人になりたいとか、付き合いたいとかじゃなくて…。

 …ドーラさんの半分でもいいから…。

 …ただ、私を…見て欲しくて…好きになって…欲しくて…っ…」



言いながら涙が溢れてた。

気持ちを伝えるのがこんなに怖いなんて知らなかった。

私が彼をこんなに好きだなんて、知らなかった。


本当は龍人と一緒にお嫁さんになる約束をしたんだと、

それも言えたらよかった。

でも、それは龍人より先に伝えるべきじゃない事だけはわかってる。


それから少しの間、沈黙が流れる。

多分、私が落ち着くまで待っててくれたんだ。

私が泣き止むと同時に、彼が口を開く。



「…僕は、ドーラが好きなんだ」

「…。」

「誰よりも大切で、それはずっと変わらないと思う」

「…そう、でしょうね…」



龍人の頭を撫でながら、優しい声でそう言った。

断られるんだと思った。

それは、そうか。

貧相な身体だし、行商をしている変わり者の私を、誰が好きになるんだ。

短い恋だった。


だから潔く私から手を離そうとした。

でも、今度はさっきと反対に彼が私の手を強く掴む。



「…でもね、リーフも好きだよ。

 …今はまだ、混乱しててよくわからないけど…」

「…え?」

「リーフが帰るって言った時、寂しかった。

 一緒に暮らしてくれるって言った時、すごく嬉しかった」

「…主さん…」

「一緒に居たいって思うのは、好きってことだよね?」

「…きっと、きっとそうです…。

 …えへへ…私、今、ほんとに嬉しくて…」



もう声をあげて泣くのが我慢できなかった。

人前でこんなに泣くなんて初めてだ。

しばらく、真夜中の湖に私の泣き声だけが反響していた。


…。

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