窮屈な生活
あれから、あっという間に数日が経過した。
その間、相変わらず彼の記憶は戻る気配は欠片も無かった。
「ピーちゃんとお別れしなくてよかったのじゃ」
「私よりピーちゃんの方が大事なんですか?」
「そんなことは言ってないのじゃ!
…じゃが、本当に出て行くならピーちゃんは置いてって欲しいのじゃ」
「ほら!ピーちゃんの方が大事なんじゃないですか!
主さんと交換なら、考えてあげますよ?」
「するわけないじゃろ!」
記憶が戻らないのだから、彼との関係に進展は無かった。
でも、龍人とはこんな冗談を言い合えるほど仲良くなれた。
今日は久しぶりに大走鳥の練習をする。
龍人達も乗り慣れて、歩くだけなら安定している。
そろそろ次の段階に進んでも問題なさそうだ。
「そろそろ私に付いてくるんじゃなくて、一人で歩いてみましょうか。
あっちの大きな木まで行って、戻ってきてくださいね。
あ、走っちゃダメですよ?」
「あんなに遠くじゃ?」
「まだ一人じゃ怖いです?」
「怖くはないんじゃけど、それなら準備が必要じゃ」
龍人は手慣れた様子で大走鳥から降りて、私に近寄ってきた。
そしておもむろに手に触れたかと思うと、
彼の傍まで引っ張って、彼と手を繋がせた。
「…急になんです?これ…」
「しっかり主を捕まえておいて欲しいのじゃ。
わしが戻るまで離しちゃダメじゃ」
あっけに取られてる私をほっといて、
龍人は颯爽と大走鳥に乗って歩き出した。
かなり手際が良いけど、こっちはそれどころじゃない。
意図がわからず、戸惑いながら彼に視線を向ける。
「多分、僕が逃げないようにする為だと思うよ」
「…そこまでします?」
今更だけど、どうして彼はこの対応を素直に受け入れているんだろう。
一人で外に出る事も叶わず、龍人とずっと一緒。
いくら好きでも、窮屈に思わないのだろうか。
それで本当に、不満はないのだろうか。
「一人になりたい時ってないですか?
なんだったら、私からドーラさんに言ってもいいですけど」
「そう思った事はないかな?
リーフには悪いけど、もう少しこのままでいい?」
「…別に、手を繋ぐくらい、私はいつでもいいですけど…」
「ほんと?ありがとう」
「…じゃ、逃がさないように強く掴んでおきますね」
「あはは、いいよ」
手を強く握る。
すると彼も強めに握り返してくれた。
私より力は無いのに、私よりも大きな手。
とても温かくて、優しい手。
良い雰囲気だけど、ほどなくして龍人が戻ってきた。
「自由に歩けると楽しいのじゃ!
少し走ってみてもよいじゃ?」
「ダメです」
「なんでじゃ!絶対大丈夫じゃ!」
「聞き分けのない子には乗らせませんよ?
あ、その代わりに主さんと二人で乗るのはいいです」
「主と乗れるのじゃ?」
「でも歩くだけですからね?」
「やったのじゃ!主、さっそく一緒に乗るのじゃ」
龍人に誘われた彼は嬉しそうな反応をしていた。
さっそく二人で乗る為に、私と繋いでいた手を離す。
「私は待ってますから、同じように歩いてきてくださいね」
「いってくるのじゃ!」
二人は楽しそうに大走鳥に乗り、離れていく。
その背中を見送ると、少しだけ寂しい気分になる。
私もいつか、彼と二人、大走鳥に乗って湖を散歩してみたい。
彼の温もりを逃がさないように、繋いでいた手を軽く握りならそう思った。
龍人の心境を少しだけ考えてみた。
龍人はわずかな時間でも逃げる可能性を警戒していた。
きっと毎日、彼が居なくなる恐怖に怯えている。
彼が隣に居ない明日をずっと怖がっている。
さっき、彼の事を行動を縛られて可哀想だと感じた。
でも今は龍人の境遇に同情を覚える。
「リーフ?目が赤いのじゃけど、泣いてたのじゃ…?」
「え?…いえ、ちょっと目にゴミが…」
「湖で洗ってきた方がいいのじゃ。
「そ、そうですね。先に休んでてください」
慌てて涙を拭い、湖に向かって走った。
二人が戻ってきた事にも気付かないなんてボーっとし過ぎだ。
でも、一度考えると途中でやめる事ができない。
もし自分が龍人だったら彼を好きになれるだろうか。
記憶のない彼を見つけたとして、
いずれ怖がられる不安を抱えたまま、彼に好きだと言えるだろうか。
きっと、私だったら言えない。
勝手に敗北感を感じて胸が痛い。
それが表情にでないように気を付けながら、二人の元に戻った。
「戻りました~。
今日もお昼寝していきます?」
「していくのじゃ。
主、さっき言った格好になるのじゃ」
彼は湖で昼寝をしていく時は木陰に移動して、
長く寝ない為に座ったまま眠る事が多い。
でも、今日は龍人の掛け声に合わせて地面に横たわった。
「リーフは此処に寝るのじゃ」
「此処ってどこですか?」
「主の胸の上じゃ」
「えーっ!そんな、いいですよ!」
「さっき悲しそうな顔してたのじゃ。
そんな時は、主の胸で寝るのが一番よいのじゃ」
「あぅ…」
「よいから、ほれ!」
時折、龍人がそうして眠る所を見た事はある。
羨ましいとは感じたけど、自分がしたいとは思ってない
だが強引に、龍人に強制的に彼と身体を重ねられる。
「…ごめんなさい。重いですよね…」
「ドーラより軽いから全然平気だよ」
「どうじゃ!わしの方がしっかりしてるのじゃ」
龍人的には重い方が勝ちなんだろうか?
その感覚は共感できないので曖昧に返答をしておいた。
それから二人は普段と変わらない雰囲気で他愛のない話をしていたけど、
私は会話に参加する余裕がなくて、ただじっとしていた。
やがて、彼は私を乗せたまま本当に眠ってしまった。
彼が眠ってくれたことに安堵していると、龍人が私に話しかけてくる。
「リーフ、もう寝たじゃ?」
「…寝られるわけないじゃないですか…」
「リーフが一緒に主を捕まえててくれると、いつもより安心できるのじゃ。
じゃから、ありがとうじゃ」
「…ドーラさん…」
本当に安心できるのか、龍人もすぐに寝てしまった。
確かにこうして二人で捕まえていれば、
きっと彼は逃げたくなっても逃げられないだろう。
これで龍人の心の負担が少しでも減るなら、
少しはこの状況を受け入れる事ができそうだ。
…。




