丘の木
お腹がいっぱいになり、放心状態だ
空になった食卓をただじっと眺め、
さっき食べたばかりのスープの味を思い返していると
彼女の嬉しそうな笑い声が耳に届き、我に返った
「…くふふ…全部食べてくれたのじゃ
ありがとうじゃ…」
お礼を言うのは僕の方だ
この食事もそうだけど
そもそも助けてくれた事にも
さっき水を飲ませてくれた事も
何一つ、ちゃんとお礼を伝えていない
「…ねぇ…色々と、その…
…僕の方こそ、ありがとう…」
本当は一つ一つ、ちゃんとお礼を伝えたかった
でもやっぱり言葉にするのは難しく、
あんなお礼の伝え方になってしまった
そんな拙いお礼を聞いた彼女は
満面の笑みを返してくれた
彼女は機嫌が良さそうに食器を重ね始める
「洗い物をしてくるから待ってて欲しいのじゃ」
「僕もするよ」
「…気持ちは嬉しいんじゃけど、
このまま座って休んでて欲しいのじゃ」
「…でも…全部やってもらうのは悪いよ」
「…。
…お願いじゃから、安静にして欲しいのじゃ…」
お願いとまで言われてしまうともう食い下がれない
座って休んでおくと伝えると
彼女はホッとした様子で調理場に向かっていった
部屋を見渡してると彼女が戻ってきた
洗い物のお礼を伝えなければと
そう思ったが、彼女の方が先に口を開いてしまった
「御主はこれから、どうするのじゃ?」
「…どうしよう…」
そうだ、これから僕はどうしたらいいんだろう
行きたい場所も、帰りたい場所もない
途方に暮れる僕に、彼女は提案してくれた
「…もし歩けそうなら
御主が倒れてた場所まで、行ってみるかの…?」
確かに何か思い出すかもしれない
さっそく、その場所まで案内してもらう事にした
靴を借りて玄関から外に出た
目の前に立派な木々が並び、圧倒される
窓から遠巻きに眺めるのとはかなり印象が違い、
触ってみたくなり、無意識に近づいて手を触れた
「…くふふ…後ろを見るとびっくりするのじゃ」
「…後ろ?…わぁっ…」
巨大な大樹が聳え立っていた
上を見上げても全貌がわからないほどの大きさだ
そして根元にさっき出てきた玄関らしき扉が見える
きっとさっきまで、僕達は木の中で過ごしていたんだ
大樹をもっと見ていたかったけど
彼女に促されて目的の場所を目指すことにした
木漏れ日の中をゆっくり二人で歩く
途中、色とりどりの花や様々な形の葉が目に映り
その度に足を止めては彼女が色々と教えてくれた
「それはさっきのスープにも入ってたのじゃ」
「これ?そういえば食べたような…?」
「一応、そのままでも食べられるんじゃけど
火を通さないとちょっとだけ苦いのじゃ」
彼女は何でも知っていて聞くのが楽しい
行くべき所があるのも忘れて
しばらくの間、彼女と森の散策を楽しんでしまった
道草の限りを尽くしてようやく森を抜けた
この一帯は小高い丘のようになっていて見通しが良い
丘の中心に大きな木が一本生えていて
僕達はそこを目指しているようだ
彼女は何も言わなかった
それでも近づくにつれて胸がざわつき、
その木に触れる頃には僕は泣いていた
彼女は座って休んで行こうと言ってくれた
木を背にして並んで座り、
やがて涙も落ち着いた
「…それで、何か思い出せたのじゃ?」
涙は出たけど思い出した事はなかった
そう告げると彼女も残念そうだ
しばらく、二人とも無言で景色を眺めた
此処は彼女が一番好きな場所だと教えてくれた
この木が魔女のお墓らしく、亡骸が埋まっているらしい
「魔女さんのお墓なんだね
…座っちゃっていいの?」
「ん~、埋まっているわけじゃなくてじゃな
…そうじゃなぁ、少し長くなるんじゃけど…
…わしの事から、話してもよいかの…?」
僕の彼女の事が聞きたかったので頷いた
彼女は微笑んではいたけど、なぜか少し寂しそうに見え、
懐かしむように空を見上げてゆっくりと話をしてくれた
…。




