命がけの交渉
本当に気持ちを口するべきか、真剣に考えた。
もし口にするなら、半端な気持ちじゃ意味が無いし失礼だ。
だから、もうはっきりさせよう。
私は彼が、本気で好きなんだ。
これを伝える事で命の危険もあるかもしれない。
この距離で龍人の怒りを買えばどうなるのかわからない。
でも、もう我慢もできない。
「ねぇ、ドーラさん」
「なんじゃ?考え直してくれたのじゃ?」
「私、主さんが好きになりました」
「…。」
返事は無かった。
しかし、明らかに雰囲気が変わった。
次の瞬間にはベッドから出て行けと怒られるかもしれない。
それでも、もう黙っている事はできない。
「…でも、誤解しないでくださいね。
ドーラさんから主さんを奪おうとか、
そういうのはこれっぽっちも考えてないんです」
それに本気で奪おうとしても奪える気はしない。
彼は龍人しか見てない。
そんなのわかってる。
でも、気持ちを知って欲しい。
彼にも、そして龍人にも。
「…それが、此処を出て行こうとしてた本当の理由じゃ?」
「…そうですよ…。
気持ちが冷めるまで、離れようって思ったんです」
「それでもいいから居て欲しいって言ったら、嬉しいじゃ?」
「え?」
「相談があるのじゃ」
龍人の声は怒りに満ちたものではなく、真剣な声色だった。
でも、彼を好きだと言った私に何を相談するんだろう。
何を考えているのかは検討がつかない。
「主を好きなままでよいから、
ずっと三人で一緒に暮らして欲しいのじゃ」
「…なんでですか?」
「主の記憶が戻った時、リーフに傍に居て欲しいのじゃ」
「…詳しく聞いてもいいですか?」
詳しく聞けば龍人の心配もわかった。
彼の記憶が戻った時、龍人を怖がる可能性は確かにある。
その時、私に助けて欲しいという話だった。
彼は彼が怖がったとしても家に帰さなくていいと約束した。
だが、ずっとそのままでいるわけにはいかない。
龍人は怖くないと説得する必要が出てくる。
それに私が適任だと自分でも思う。
龍人を怖がらなくなった私から説明すれば成功率は格段にあがるし、
交渉は得意だと自負してる。
「確かに私が居るのと居ないのでは、雲泥の差ですね」
「…じゃろ?
…わし一人で怖がってる主をどうすればよいか、答えが出ないのじゃ…」
彼はきっと記憶が戻っても龍人を恐れない自信があるのだろう。
龍人だってそう信じてるはずだ。
でも、可能性が無いとは言い切れない。
だから私は念の為だ。
でも、恋心を抱いたまま二人をずっと見続けるのは辛い。
どちらかと言えば断りたい。
返答に困っていると、龍人がさらなる相談を口にする。
「後、もう一個相談があるのじゃ」
「なんですか?」
「主にもうつがいがおったらどうすればよいじゃ?」
「…あ~…」
彼が既に結婚していた場合も、確かにあるかもしれない。
けど、こっちはおそらく平気だと思う。
龍人達と知り合ってから一度故郷に戻った。
その時、行方不明者の噂は聞かなかった。
彼が何処から来たかわからないから断定はできないけど、
おそらく近隣で彼を探してる人物はいない。
「多分、大丈夫だと思いますよ?」
「でも多分じゃろ?
もし居たら会えなくて主が可哀想じゃ…」
「結婚してても帰す気は無いんですね…。
…ん?でも帰す気がないなら相談する必要ないじゃないですか」
「じゃから、此処からが相談じゃ。
リーフも一緒に主のつがいになって欲しいのじゃ」
「…ごめんなさい。意味がわからないんですけど…」
聞き間違えたのかと耳を疑う。
今なんて言った?
何度思い返しても、私も一緒につがいになって欲しいと聞こえた気がする。
頭の中が混乱してきた。
「つがいと会えなくて寂しいなら、
こっちはつがいを二人にすればよいじゃろ?」
「…はぁ…」
「ダメじゃ?」
「…ダメって言うか…なんて言うか…
…ちょっと考えをまとめさせてくださいね…」
龍人らしい大胆な発想だと笑えばいいのだろうか。
でも本人はいたって真面目みたい。
何がどうなっても彼を手放す気はない。
それでも、出来ることをしてあげたい。
そんなところだろうか。
これを受け入れると、私も彼のお嫁さんになるのかな。
まだ彼に気持ちも伝えてないのに。
諦めていた恋心が期待し始める。
胸の奥が久しぶりに温かい。
「…もし、主につがいが居なかったら大丈夫じゃから、しばらく三人で…」
「もし居なくても私もつがいにしてくれるならいいですよ」
龍人の言い方に危うさを覚え、間髪入れずにそう答えた。
きっと龍人もお嫁さんを増やす事自体に迷いがある。
今答えを出さないと意見が変わる確率が高い。
私が彼のお嫁さんになるには、
今覚悟を決めて、確約しないとダメなんだ。
「…居なくてもじゃ?…でも…」
「その気になったら、私だって諦められないですもん。
それがダメなら、明日の朝に帰ります」
「…むぅ…」
龍人の中で守りたい気持ちと独占したい気持ちがせめぎ合っている。
悩むのは当然で、どちらに転んでもおかしくない。
答えが出るまで静かに待つこともできる。
でもあいにく私は行商人で、交渉が得意なんだ。
「私は、ずっと主さんの二番目でいいです。
それに、ドーラさんの許可なしでは何もしません」
「…何もじゃ?」
「勝手にデートも行きませんし、キスもしませんよ」
「…。…それなら…よいか…」
龍人は絞り出したかのような声で小さくそう呟いた。
"よい"と聞こえてから、心臓が高鳴りだす。
よいとは、私もお嫁さんでいいって事なんだろうか。
色々あったけど、
私は彼に、ちゃんと恋していいんだろうか。
…。




