抗いがたい誘惑
休暇というには長すぎるくらい、大樹に来てから何日も過ぎ去った。
行商はまったく出来てないけど、
最近は半ば趣味に近かったから問題はなかった。
二人は足の痛みが無くなるとすぐに大走鳥に乗りたがった。
朝から湖に赴き、半日以上乗る日もあった。
その度、私は彼の肩を勝手に借りる。
それが当たり前になりつつあり、
練習が無い日を残念に感じ始めている事に気が付いた。
彼に魅かれつつある自分が居る。
それはもう認める。
だから一度冷静になる為に、距離を置くべきかもしれない。
この気持ちが恋心に決まってしまう前に、落ち着かせた方がいい。
ライバルが龍人なんて笑い話にもならないし、まして大切な友達なのだ。
唯一のお茶を楽しめる友達を失いたくない。
裏切りたくない。
大走鳥の練習の終え、大樹に戻ってから龍人に帰ると伝えた。
ただ、急だったから龍人はかなり動揺してしまった。
「突然ですが、今日これから帰ります」
「な、なんでじゃ!なんで急にそんな…!」
「…えーと、色々、事情があってですね?」
「しばらく用事がないって昨日言ったのじゃ!」
「そ、そうなんですけど…」
間が悪く、昨日そんな話をしたばかり。
でも正直に彼が好きになりそうだからと伝えるわけにもいかない。
龍人はかなり悲痛な表情をしている。
正直、そんなに悲しんで貰えると思ってなかった。
私に対しても執着心が芽生え始めていたのかもしれない。
その気持ちは嬉しい。
でも、私のせいでそんな顔をさせていること自体は少し辛い。
「じゃ、じゃあ!じゃあせめて、後一泊だけして欲しいのじゃ!
…ゆっくり、心の準備をさせて欲しいのじゃ…」
「…確かに、急すぎましたね…。
わかりました。なら明日の朝まで居ますね」
「…ほんとじゃ!?
なら今日、一緒に寝てくれるじゃ?」
「え?いいんですか?それはいいですね!」
確かにお別れはちゃんとするべきだ。
龍人はいつも彼と寝るから少し意外な申し出だったけど、
友達と話しながら眠るのは初めてだから楽しそうだ。
最後に楽しい思い出を作って此処を去ろう。
後一日くらいなら大丈夫。
外が暗くなり、最後の食事が始まった。
「どれくらいで帰ってくるじゃ?」
「え?」
「…また、来てくれるじゃろ…?」
「そ、そうですね~…何日後とは言えないんですけど…」
彼への気持ちが冷めなければ来れない。
とにかく離れる以外に対策が思い浮かばない。
今まで経験してこなかった分、どうすればいいか自分だってわからない。
明言を避け、誤魔化しながら話していると龍人が食事の手を止めた。
「…わし、リーフに何かしてしまったじゃ…?」
「違うんですドーラさん!
…詳しく言えないけど、全部私が悪いんです。
…でも、でも!必ずまた遊びに来ますから!」
また遊びにくると力強く言葉に出来た。
どれくらい先かわからないけど、必ず、また会いたい。
むしろ、離れる事が友達のままで居る為に必要な事なんだ。
「だから、少しだけ時間をくださいね?」
「…ん…。…わかったのじゃ…」
龍人も一定の理解はしてくれたのか、その後は落ち着いてくれた。
それから気を取り直して、色々な話をした。
食事の片づけをし、お互いにお風呂を済ませた後もそれは続いた。
「はぁ~…。やっぱりリーフのお茶は美味しいのじゃ。
主、明日からわしのお茶で良い…?」
「ドーラのお茶も美味しいからね。もちろん良いよ」
「違うのじゃ!そこはリーフのお茶じゃないと嫌って言うのじゃ」
「あはは、もう言っちゃった」
二人の仲睦まじい姿に色んな感情が渦巻いていく。
羨ましくも思うし、伝えられない寂しさもある。
後、勝手に好きになった罪悪感も少し。
この気持ちが無くなったら、また来ますね。
そう心の中で謝りながら、笑顔で本音を隠した。
こうして夜遅くまで話すことは何度もあった。
終わりの合図は彼。
彼は限界が来ると座ったまま静かに目を閉じる。
あまりに静かだから龍人でさえ気付くのが間々遅れる時もある。
「主、眠たいじゃ?そろそろ二階に行くのじゃ」
「…今日最後でしょ…?…僕一人で行くから…」
「危ないからダメじゃ!
リーフ。続きは寝室で話すのじゃ」
「はーい」
そう、今日はこれだけじゃ終わらない。
二人で一緒に眠る約束だ。
私はその気になれば三日三晩眠らずに居られる。
だから今日は龍人が限界になるまで沢山話そうと思った。
歯を磨いた後、各々トイレを済ませてから寝室に移動する。
それから龍人が彼をいつもの窓際のベッドに寝かせる。
だが、龍人はそのまま布団に潜りこんでしまったから驚いた。
「ちょ、ちょっとドーラさん?
一緒に寝るんじゃなかったんですか?」
「もちろんじゃ。
一緒に寝るから早く入ってくるのじゃ」
そう言って暗闇の中で布団を持ち上げている。
つまり、私に此処に入れと言っている。
「え?此処に私も入るんですか?主さん居るのに?」
「主はもう絶対起きないから大丈夫じゃ。
時間が勿体ないから早く来るのじゃ」
「…えぇ~…」
「…約束したじゃろ…?…それに、大事な話があるのじゃ…」
困惑していると布団の奥から深紅色の瞳が私を見た。
それを恐ろしいとはもう思わない。
だけど、その瞳に魅了されたかのように身体が勝手に布団へと向かう。
どういう理由なのかわからないが、彼は真ん中に寝かされている。
せめて龍人の後ろ側なら意識せずに済むのに。
なんて、文句を言う訳にもいかない。
「此処がこの世で一番好きな場所じゃ。
一度リーフにも味わってみて欲しかったのじゃ」
「…そう言ってくれるのは、光栄なんですけどね~…」
「…あんまり、気に入らないじゃ?」
「いえ、なんというか…。
実は男の人と一緒に寝るのが初めてで、緊張するっていうか…」
私を引き留める最後の説得のつもりなんだろう。
自分が一番好きな場所に案内して、信頼を表している。
その気持ちは素直に嬉しいんだけど、
私だって、変な気分になってくる。
「意外と良いものじゃろ?
ちょっとだけ抱き着いてもよいのじゃ」
「…じゃあ、まぁ、ちょっと試すくらいなら…」
上機嫌な龍人の誘いを無下にもできない。
そんな建前を得たなら誘惑には勝てない。
眠る彼に寄り添い、片手を彼の胸に置く。
やっぱり、意外と逞しい身体をしている。
華奢に見えて、やっぱり男の人なんだ。
「…居心地良いですね?」
「そうじゃろ?もし気に入ったなら、毎日一緒に寝ても良い…。
…じゃから、考え直して欲しいのじゃ…」
龍人はとっておきの場所に案内してくれた。
素直な気持ちを言ってくれた。
なら、私も正直に伝えるべきかもしれない。
彼が好きだと。
そんな考えが頭にチラついた。
…。




