伝わらない意図
一晩だけお世話になろう
日を改め、二人の時間を過ごしてもらおう
そう思って眠ったはずなのに
気が付けば三日も過ぎ去っていた
大樹の生活は居心地が良すぎる
一歩外に出れば未開の森
住んでいるのは素直な友人が二人だけ
その二人が今日も泊っていくよねと
当然のように聞いてくる
この状況で帰れるほど
私は残念ながら大人ではなかった
ただ一つだけ気になる事がある
龍人は私の目の前で彼に甘える
普通、人前であれば多少の遠慮をすると思っていた
でも世間知らずの二人には
そんな常識が通用しないらしい
「ねぇドーラさん…」
「なんじゃ?」
「私が居る時っていうか…
せめて見えてる時、それ控えませんか」
「それってどれじゃ?」
「…なんでもないです…」
やっぱり特に気にした様子もない
森の散策中でもしていたが
ところ構わずキスをする
まぁ別にいいのだけれど
少しくらい隠すフリをしてほしい
まぁ、あまり度が過ぎたら
二人の為を思って、もう一度だけ注意してみよう
龍人達も毎日遊んでるわけじゃなく
木の実や薪を集め、時には洗濯をする
私もそれらを手伝った
ひと段落すると二人は高確率で
丘に昼寝に行くのだけど
その間だけ、私は森を一人で散策することができる
(…今日はあっちの方に行って見ようかな…)
まずは近場からだ
何処に、なんの植物が自生しているか知りたい
これは趣味も入っているが
森人の習性に近いかもしれない
一人で森を散策する許可をもらった折に
代価を払ってもいいからと
森の恵みを採りたいと頼んだ
しかし、龍人の答えは
代価ではなく身体での支払いだった
そして、今からその支払いを行いに向かう
「起きてください
いい時間ですよ?夜、眠れなくなりますよ?」
「…まだ…もうちょっとだけじゃ…」
「…せっかく良いハーブを見つけたのに…
ほら、鮮度が落ちますよ?
主さんに作ってあげたいんでしょ?」
「…そうじゃった!」
身体での支払いと聞いた時は驚いた
でもそれはお茶の作り方を
教えて欲しいという、ただそれだけの事だった
森の中で火を極力使わない様に
私が作る時はほとんど水から作る
でも龍人が居るおかげで
お湯が自由に使えるのは助かる
かなり時短になるし
やっぱり香りが格段に良くなる
作り方は簡単で
言ってしまえばお湯を注いで蒸らすだけ
しかし、これが簡単に見えて奥深い
混ぜるハーブによって味が変わる
龍人は私のおすすめと
自前の鼻の良さでかなり良い葉を選んだ
「…ど、どうじゃ…?
…美味しいかの…?」
「すごいねドーラ
これ、ほんとに美味しいよ」
彼の反応に龍人は喜んだ
私の指導の下で淹れた龍人のお茶は
確かに美味しくて大成功だ
後の課題としては
龍人一人でどれくらい味を維持できるかだ
葉によって細かく千切ったりもするし
乾燥させた方が美味しい葉もあったりと
色々コツを教えてあげないといけない
でも葉の選び方は既に完璧に近い
「褒められてよかったですね!」
「よかったのじゃ!
…じゃが、前にリーフが淹れた方が
美味しかったのじゃ」
「…そー…ですかね?」
「主はどっちのお茶が美味しかったのじゃ?」
その質問に少しだけ緊張が走った
長年淹れてきた私と
初めての龍人であれば勝負にもならない
ただ、その事実は今はどうでもいい
選ばれなかった時、龍人はどういう反応をするのだろう
怒りに満ちた龍人の顔を思い出すと
流石に身構えてしまう
(…私は誤魔化したんだから、お願いしますよ…)
龍人と答えるのを半ば祈るように、彼に視線を送る
彼は味を確かめるようにもう一度お茶を飲み、
私のお茶だと正直に答えてしまった
「…むぅ…まぁ仕方ないのじゃ…」
どうやら怒りはしないようだ
龍人の態度に胸を撫でおろす
彼に関しては感情の起伏が激しいと
そう思っていたが、警戒し過ぎかもしれない
この程度なら腹を立てないのがわかったけど
まぁ、それはそれとして
私の意図を汲めなかった彼にはがっかりだ
「ちょ、ちょっと主さん…
そこは嘘でもドーラさんって答えないと駄目ですよ?」
「ドーラのもすごく美味しいよ
でも最初にリーフが淹れてくれたやつかな
あれが特別に美味しかった」
「…でしょ!
あれは本当に良質なハーブを見つけられて…
…じゃなくって!」
私の意図は汲めなかったのに
お茶の良さはわかるみたいだ
ついつい話に乗りかけたが自制できた
先程は彼にがっかりしたけど
ちょっぴり見直した
でも、やっぱり龍人を選ぶべきだったとは思う
…。




