最初の食事
寝室の窓から見た景色を忘れていた
部屋を出ると右側に長い階段があって、
今からこれを降りるんだろう
吹き抜けになっているから一階を見下ろすと
あまりの高さに怖気づきそうだった
「…やっぱり、わしが運んだ方がよいじゃろ?」
「…ううん、任せて…」
不安が顔に出ていたのか、再度彼女が声を掛けてくれた
親切で言ってくれているのはわかるけど、
一度自分で歩くと言った以上、後には引けなかった
本当に一歩ずつ、ゆっくりと一段ずつ階段を降りた
それでもすぐに息が上がり、口を開けて大きく呼吸をする
彼女は僕が落ちない様にする為に途中から右手を掴んでくれた
「疲れたら此処に座って休んでもよいのじゃ」
「…。」
返事もできず、頷くだけで精一杯だった
数回の休憩を経て、沢山の時間を掛けてしまったが
一応、無事に一階に落ち立つことが出来た
到着と同時に座り込んでしまった
疲労というよりも安心して気が抜けた
「無事に一人で降りられたのじゃ!
よく頑張ったのじゃ!」
「…僕一人じゃ無理だったよ
君のおかげだね、ありが…痛っ…」
「ど、どうしたのじゃ!?」
自分の事のように無邪気に喜ぶ彼女
そんな彼女の顔を見た時
心臓が破裂したかと錯覚するほどに痛みが走った
あまりの出来事に動くことが出来ず、
目を閉じて歯を食いしばり耐える
彼女は色々と声を掛けて心配してくれているが
返事をする余裕はなかった
痛みは引いたが鼓動が自分の耳で聞こえる程強い
なんの反応もしない僕に彼女は狼狽していたけど
最後は隣に寄り添い、恐る恐るといった様子で背中を撫でてくれた
「…やっぱり急に動いたから…ダメだったんじゃろうか…」
半べそをかいたような彼女の声
自分のせいでそんな声を出させてしまったと胸が苦しくなるが
その一方でなぜか鼓動は落ち着いていった
僕が顔を上げて声を掛けても
彼女はずっと悲し気な表情のままだった
もう痛みもなくて大丈夫だと伝えても
さっきのような明るい笑顔は見せてくれなかった
「もう大丈夫みたい」
「…本当じゃ…?
…平気ならば、よいのじゃけど…」
そう返事はしてくれたけど
あまり信じてくれてはいないようだ
改めて降りてきた階段を見上げてみる
やっぱり恐ろしい程に高くて長い
これを上れと言われても今すぐは無理だろう
よく無事に降りられたなと再度安堵すると
もう一度、僕のお腹が鳴った
その音に彼女もいち早く気が付いたようだ
「す、すぐ食事の準備をするのじゃ!
ええと、時間を掛けずにすぐ出来るように豆と…
あっ!御主はあっちのテーブルに移動するのじゃ!」
彼女はかなり慌てながら僕を座らせてくれた
それからすぐ調理場に急ぎ、
あれこれと、忙しなく準備を始めた
目の前に美味しそうなスープとパンが運ばれる
スープの温かい湯気とパンの香ばしい香りが食欲を掻き立て、
口の中は唾液で溢れかえり、すごい事になっている
「まだ熱いから気を付けるのじゃ
…でもやはり、芋くらい入れるべきじゃったか…
…パンも少し古くて、硬くて…」
急いで準備をしたからなのか
どうやら料理の出来に納得がいっていない様子だった
僕からすれば何が不安なのか見当もつかない
だから不安そうな顔をやめてほしい、笑ってほしい
そう伝えたかったけど、
その気持ちを上手く言葉にはできなかった
匂いに誘われてスプーンを手に取った
すぐに口に運んだが、とにかく熱い
「…熱っ…」
「気を付けるのじゃ!
こうやって、息をかけて冷ましてじゃな…」
彼女は僕からスプーンを奪うと息を吹きかけ、冷ましてくれた
それをそのまま僕の口に運んで食べさせてくれた
「…ど、どうじゃ…?
…こんなものしか、食べ物…ないのじゃけど…」
「とっても美味しいよ
…もっと食べてもいい?」
「もちろんじゃ!
でも、今みたいに冷ましてからじゃからな?」
僕の言葉にやっと安心できたのか
彼女は久々に笑ってくれた
彼女がパンを千切って口に運ぶので僕も真似をした
確かに少し硬いが噛むのに苦労をするほどでもない
いくつか口に運んでいると
パンはスープにつけても美味しいと教えてもらった
スープやパンを飲み込むたび、身体が温まる
「…食べっぷりがよくて、ちょっと安心したのじゃ…」
彼女はそう呟いた後、食事が終わるまで喋らなかった
…。




